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許されざる者
 
 
 結局ご馳走は大量に残った。
 詳細は知らされなかったが、緊急出動がかかって全員が持ち場に戻ってしまったのだ。
 エリオたちも可哀想に。せっかくの休日だって言うのに。
 結果として俺は、先走ったご馳走を抱えて途方に暮れることになる。
 少し考えてとりあえず、弁当を作ってバックヤードに出前することにした。
 一部の遅めのランチを考えていた連中や、シフトと緊急事態のかねあいで昼飯を抜かざるを得なかった連中にはかなりの好評で迎えられた。
 それでも、やっぱり余る。
 これはある意味好機だ。俺は適当に選んだ料理を持ち帰ることにした。厳密に言えば、横領ということになってしまうかも知れない。一応、食材の勝手な持ち込み持ち出しは厳禁だ。
 しかし、ここにあっても捨てられてしまうのだ。それならば食べた方がマシだろう。それに、持ち帰るためにわざと余らせたりわけでもない。
 それが言い訳に過ぎないのはわかっているが、俺は俺なりに仕事をする上での仁義は守っているつもりだ。
 帰る準備が終わると、俺は自分のシフトを確認した。
 明日は休み。そして、遺族の一人と会う約束の日だ。
 向こうの言い分が本当ならば、ヴォルケンリッターの現在の管理局での所属と顔写真が手に入る。もしかしたら現住所すら。
 場合によっては、本気でヴィータに相談しなければならないのかも知れない。相手が悪名高きヴォルケンリッターだからと言って、ヴィータが怯むとは思えない。あいつは、そんな奴じゃあない。ただ、ヴィータたちが傷つくような事態はなんとしても避けたい。あいつらを犠牲にしてまで俺の我が侭を通すわけにはいかないだろう。
 悪いのは八神だ。ヴィータたちじゃない。
 しかしだ。奴らが俺の戦える相手でないということだけは、確かなのだ。
 俺はそんなことを考えながら着替え終え、更衣室から出る。
 そして、カバンの中のタッパーを確かめて、六課を出た。
 敷地から出ようとして、思わず辺りを見回す。
 実のところ、余った料理を持って帰るのは今日が始めてではない。初めてのお持ち帰りの日に、見とがめられているのだ。
 他の誰でもない、シグナムさんに。
 
 あの日――
 
「おう、ザフィーラ、またな」
 青い犬……もとい、狼だと教えてもらった……に挨拶して、俺は帰途につく。すると、何故かザフィーラが俺の行く手を執拗に阻む。
「なんだよ、ザフィーラ。お前と遊んでる暇は……。あ、臭いか?」
 カバンの中を確認する。タッパーの中身が漏れて、その臭いでもかぎつけたのかと思ったのだ。
 しかし、しっかりと蓋は閉まっていて、汁の一滴も零れてはいない。
「餌なんてないぞ」
 それでも、ザフィーラは俺の前から動こうとはしない。
「なんだよ、お前は」
「その辺にしておけ、ザフィーラ」
「シグナムさん?」
 俺は振り向いて、シグナムさんが苦笑気味に俺に近づいてくるのに気付いた。
「トランザ。少し尋ねたいことがあるのだが」
「はあ、なんです?」
「カバンの中を見せてもらいたい」
「拒否はしませんよ。ただ、理由を聞かせてもらえますか?」
「ここがどこであるか。それを考えれば理由は必要ないと思うが?」
 シグナムさんに理はある。機密を扱ってもおかしくない部隊なのだ。
 そして、俺もそれを納得している。今回のこれは、俺が馬鹿なだけだ。
 だから、俺は無言でカバンを差し出した。
「確認のうえ開けさせてもらう。確認していてくれ」
「どうぞ」
 カバンを開けて中を覗き込むシグナムさんの表情が厳しくなる。
 カバンの中に伸ばした手が、一つの包みを取り出していた。
「開けさせてもらうぞ」
「あ、一つだけ」
「なんだ?」
「丁寧にお願いします。こぼれると勿体ないですから」
「こぼ…れる?」
 包みを開き、中のタッパーをゆっくりと開ける。
 中身に目をやった後、シグナムさんは複雑な表情で俺を見ていた。 
「これは……」
「見ての通り、余った料理です。中に置いても廃棄処分扱いですよ」
「なんで、こんなものを」
「うちにゃあ、欠食児童が二人いるんですよ」
 俺はファインとバードのことを説明した。勿論細かい説明は省いて、死んだ姉の忘れ形見だとだけ言う。
 そして、訳ありの借金を抱えていることも。
 母の入院費と死んだ姉の借金。俺が言えるのはそれだけだった。
 現在の八神の周辺に関する調査料に関しては、さすがに言えるわけがない。はっきり言えば、それは犯罪なのだから。
「食材を持って帰ることが規則違反だと言われれば返す言葉はありません。相応の罰は受けます」
 事実その通りだ。見逃して欲しいという想いがないと言えば嘘になるし、この程度なら構わない、という甘えがあることも自覚している。
 それでも、罪であるという事実は替えられない。悪いのは誰かと問われれば、それは当然俺だ。
「シグナム?」
 シグナムさんが俺の処置を決めあぐねているように無言でいると、シャマル先生が姿を見せた。
「話はザフィーラに聞いたわ。ちょっと、いい?」
 ザフィーラは誰かの使い魔だと疑っていたが、シャマル先生の使い魔なのだろうか?
 医者が魔道師でも、ここでは全くおかしくないだろうし。
 いわれてみれば、割と行動をともにしているような気がする。
「シャマル? どうしてお前が出てくる」
「シグナムが困っていると思って」
「私が?」
「見逃してあげたいけれど、規則は破れない。そういう顔をしているように見えるけれど?」
「シャマル、お前…」
「はいはい。ちょっと下がっていて」
「しかし」
「六課の医療主任としての権限で命じます」
「まて。この状況と医療と何の関係がある」
「隊員の健康管理も私の重要な役目よ」
「それはわかっている」
「隊員の福利厚生も少しは考えていいんじゃない?」
「待て、それじゃあ」
「待ちません」
 シャマル先生が俺に向き直る。
「一つだけ確認させて」
「はい」
「持って帰るためにわざと余らせることはある?」
「いいえ」
 自信を持って俺は答えた。
 以前の職場と違って、ここは余り物が極端に少ない。はっきり言えばスバルとエリオのためだ。多少の残り物はこの二人が始末してしまうのだから。
 それにオヤジさんには悪いが、給料だって前の職場とは雲泥の差なのだ。必死で余り物を持って帰る必要はない。
 ただ、六課というか管理局というか、とにかくここは本当にいい食材を使っているのだ。一級品高級品の類ではないが、さりとて三級劣等の類でもない。
 安くあげるためにコストダウンに頭を捻る食堂とは違うのだ、やはり。
「それほど頻繁でないのなら、いいのではないかしら?」
「いいのか? シャマル」
「広言するべきことではないけれどね。それに、限度は考えてもらわないと」
 俺は無言で頷いていた。
 シャマル先生が譲ってくれるというのなら、俺は応えなければならない。
 これは、この三人……ザフィーラを入れれば四人だけの秘密だ。外部に漏れるとシグナムさんとシャマル先生のメンツは丸つぶれになってしまう。
「ありがとうございます」
 結局、俺が言えたのはこれだけだった。
 
 
 
 ファインとバードがぐっすり眠っているのを確認すると、俺は静かに家を抜け出した。
 いつものように、尾行の目を誤魔化すようなコースを歩く。
 本当に尾行などいるのか、という疑問はある。いや、実際にはついていないと考えるのが常識なのだろう。俺ごとき下っ端にまで見張りを付けるなど、パラノイア以外の何者でもない。
 それでも、俺は自分自身を満足させるためだけにこの習慣を続けている。自己満足で構わない。しかし、少なくとも今は必要なのだ。
 今の俺は、雇われ先である六課を裏切ったと言われても仕方ないことをやっているのだから。
 そして指定された場所には、いつもの女。
 もったいぶった仕草でデータディスクを差し出す。
「前に約束していた、例の四人組のデータよ。外見と現在の所属。わかる限りは全て書いてあるわ」
「金は準備してある」
 封筒を懐から取り出すと、俺はディスクに手を伸ばす。手が触れようとしたところで、女はデータを引っ込めた。
 さらに手を伸ばす前に、俺はもう片方の手で封筒を差し出す。
 しかし、女は封筒の中身を確認しようともせずに首をふった。
「そんなものはもういらないわ」
「なんだって?」
「いらない、と言ったのよ。聞こえているでしょう?」
 俺は女を睨みつけていた。
 いくらなんでも、無料で情報がもらえるとは思えない。なにか、別の埋め合わせが必要なのだ。この場合、金よりも重要なものが。
「変わりに欲しいモノがあるのだけれど」
「金は払うと言っている。必要以上に危ない橋を渡る趣味はないんだ」
「仕方ないわね」
 女はディスクを自分のポケットに戻す。
「それじゃあ値上げするしかないじゃない」
 報酬の額が替わった。倍どころの騒ぎではない。女が提示した金額は、封筒の中身とは桁が違っている。
「ふざけるなよ。約束は約束だろう。ちゃんと守ってもらう」
「どうするの? 契約不履行だって訴えてみる? その足でしかるべき所に駆け込んでもいいわよ」
 それとも、と女は言いながら不快に笑みを浮かべる。
「管理局機動六課の方がいいかしら? 部隊長である八神はやての情報が不当な価格で販売されているって、訴えてみる?」
 そんなことができるわけがない。女もそれを見越しているのだ。
「危険かどうかを気にするのなら、安心してくれていいわ。情報を欲しがっているのは同じ管理局よ。
局内にも八神を疎ましく思う勢力はあるということ。わかるでしょう?」
 その理屈はわかる。その勢力の存在も理解できる。問題は、女が本当にその勢力に関係しているかどうかということだ。
 女は、じっと俺の目を見つめている。
「闇の書の力と、それを利用する周囲の思惑とパワーバランスで出世した小娘よ? まともな局員ならどう考えると思う? 今は、ハラオウン家と教会が牛耳っているから誰も言い出せないだけ。貴方にもわかっているはず」
 わかっている。八神を快く思っていない者は管理局内部にもいる。だからこそ、希少とはいえ情報漏洩が起こるのだ。
 そして、もう一つのこともわかっている。
 この世界では人を信じる方が、人に騙される方が馬鹿なのだと。
 しかし、俺が辿るべき糸を握っているのはこの女だということもまた、間違いのない事実なのだ。
 どちらにしろ、今の段階で八神の騎士の情報を得られそうなルートはこの女しかない。他のあてなどなく、今更他の道を模索している余裕などない。
「どうするの? 選ぶのは、貴方よ?」
 八神はやてへの復讐。それは俺の生き甲斐だ。何かも諦めるしかなかった俺が今ここに立っているのは、八神への復讐を成し遂げるためだ。
 そう。迷う必要など最初からない。
 女を信じるか信じないか。悩むべきはそこなのだ。
 今更、六課への裏切りなど悩むことではない。
「一応、話だけは聞こう」
 この歩み寄りは、俺の敗北なのか?
 それとも……始まるのか? 俺の復讐が。
「何が欲しいんだ?」
 聞くまでもない。予想はついている。俺は、六課で働いていることをこの女に話したことはないのだ。それを女は知っている。それだけで、向こうの言い出すことは予想できるではないか。
「大したことじゃないわ」
「単刀直入に頼む。こう見えても、部屋で待っている子がいるんだ」
「あら、ごめんなさい。それじゃあ急ぎましょうか」
 女は、要求を告げた。
 それは、拍子抜けするほどに簡単なことだった。ただし、情報の提供は継続的なものとなる。単発ではないのだ。
 そして最初の情報と引き替えに、先ほどのディスクは渡されることになる。結局、今日の所はデータは得られないということだ。
 俺は、徒労と奇妙な敗北感を抱えながら、帰途につくしかなかった。
 
 
 
 トランザを見送ると、女も自宅への道を急いだ。やはりこちらも、尾行を撒くように行動する。
 彼女の場合はトランザ以上に切実だ。顔が知られていないとはいえ、彼女は確実に犯罪者なのだから。
 今の彼女は、新たな情報源を得たことにほくそ笑んでいた。
 トランザ以上の情報源はすでに複数存在している。それでも、内部からの情報は貴重だった。
 実際の所、トランザからの情報がなくても大勢は変わらないだろう。しかし、他の情報の確実性を高めるためにはやはり有用な情報だ。さらに、今後の利用価値を考えれば、六課内部の協力者の存在は決して小さくないのだ。
「それにしても……」
 彼女の顔が変わる。変装化粧の類ではない。文字通り、変わったのだ。
「面白い情報源ができたわね」
 ナンバーズ次女、ドゥーエは呟いた。
 
 
 
   −続−
 
なかがき
 
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