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ワタシノ傷痕
(4)
 
 
 
「ビックリするじゃない。いきなりいなくなるなんて」
「ごめんね、遥ちゃん」
 起きあがろうとする雪之を、遥は半ば力尽くで止めなければならなかった。
「いいから。ゆっくり横になってなさい。病人は早く治るのが仕事。接待なんて考えなくていいの」
「でも、遥ちゃん、お茶とかのある場所、知らないでしょう?」
「いらないわよ。そもそも、接待されるために来た訳じゃないんだから。お見舞いに来た人が病人に接待されてどうするのよ」
「でも…」
「いいの。じっとしてなさい」
「でも…」
「あーっ! もう、いいから! いい? 雪之。これは命令よ! じっと横になってなさい! お茶ぐらいあるから、そんなことは心配しないの!」
 手持ちのカバンから、ペットボトル入りの玉露を取り出す遥。
 どちらにしろ、自分でお茶を煎れる気はないらしい。
「でも、本当に大丈夫なの? 何も言わずにいきなり帰るなんて、本当にどうしたのかと思ったわよ」
 あの日、静留に面と向かって嘲りを受けた雪之は、その足で帰宅した。そのまま、床に伏せたままで今日に至っている。
 勿論、遥はその事実を知らない。もし静留が関わっていることを知れば、遥は今すぐにでも静留の所に押しかけるだろう。もし、静留が未だにHiMEの力を持っていたとしても。
 遥はそういう人間だと雪之は知っている。だから、静留の名前を出すわけにはいかなかった。
「ごめんね、遥ちゃん」
 これで何度目かの堂々巡りだろうか。二人して同じ事ばかりを言い合っているような気がする。
 …悪イノハ藤乃サン
 …ワタシハ悪クナイ
「ところで、医者には行ったの? お医者さま、なんて言ってた?」
「お医者さまにはかかってないの。大丈夫、ちょっと具合が悪くなっただけだから。一日寝ていれば治るよ」
「雪之、駄目よ。今日はもうこんな時間だけど、明日もこの調子でいるようなら、ちゃんとお医者さまに行きなさい。行きつけのお医者さまがないのなら、家の方で紹介するから」
「ありがとう、遥ちゃん。でも、きっと明日は大丈夫だよ」
 …明日ハ大丈夫
 …遥チャンガイルカラ
 …遥チャン 大好キダヨ
「それじゃあ、せいぜいゆっくり身体を休めなさい」
 遥の手が雪之の額に触れた。
「熱が…ある訳じゃないのね」
「うん」
「ねえ、雪之」
 遥は何故か、外の景色に目をやっていた。
「無理はしなくていいのよ?」
 雪之は小さく息を呑んだ。
 一体、何を言おうとしているのだろうか、遥は。
「付いていけないと思ったら、いつでも言ってくれていいのよ。貴方しかいないもの、今は」
 静留と比べるのは酷かも知れない。静留には人気がある。遥は、確かに評判は思ったほど悪くない。執行部をきちんとこなしていると定評はある。だけど、それは人気ではない。
 遥を補佐しようと考える生徒はあまりいない。遥の言うとおり、積極的に動いているのは雪之ただ一人かも知れない。
「そんなことないよ」
 …ワタシ 頑張ッテルヨ
 …遥チャンノタメニ頑張ッテルヨ
「私は、好きで遥ちゃんを手伝っているんだもの」
 …好キダカラ手伝ッテルノ
 雪之は遥の手を見た。
 自分の額に触れた後、行き場を失って枕元に置かれたままの手を。
 手を取り、頬に当てる。
「雪之?」
「遥ちゃん、このままでいさせて…」
 …足リナイ 足リナイヨ遥チャン
「私、頑張ってるよ」
 …ドウシテ?
「ねえ、遥ちゃん」
 遥の手を引く。
「雪之!?」
 思いがけない力で、遥は手を引かれていた。
 …ドウシテ 遥チャン
「私、遥ちゃんのために頑張ってるよ!」
 捲れ上がった毛布の下、その雪之の姿に遥は絶句した。
 一糸まとわぬ姿で、雪之は遥の手を握りしめていた。
「遥ちゃんのために、私、頑張ったんだよ!」
 これまでからは考えられない力で、遥の体が引かれる。そのまま、雪之のベッドの中へと。
「雪之…」
「私は頑張ったのに…どうして? どうして、遥ちゃんは何もしてくれないの!」
 遥は強い力で押しつけられる。
「どうして私のために遥ちゃんは何もしてくれないの!」
 その時、遥は気付いた。何かが自分の身体に絡みついている。
 雪之の手足ではない。それ以外の何かが。何かが自分の身体に絡みついて、この場に縛り付けている。
 
 
 雪之は目を覚ました。
 暗い。何も見えない。身動きもできない。
 それなのに……
 なんだろう、この安心感は。
 胎児の気分……だろうか。
 何かに包み込まれて、何も考えなくていい幸せ。
 …雪之ハコノママデイイ
 …雪之ヲ護ル
 …雪之ノ望ミ
 心地よさと違和感が共存する、どこか聞き覚えのある声。
 目を閉じて微睡むと、もう一人の自分がどこかにいるような気がしてきた。
 もう一人の自分は、学校の中にいる。
 いや、この姿は…違う。自分ではない。
 鴇羽さん…命ちゃん…奈緒ちゃん…。
 そして、藤乃さん…玖我さん…。
 どうして、自分はこんな…
 そうだ。この感覚。どうしてこんなに一度に沢山の場所を……沢山の視点で……
 ダイアナ!
 声にならない叫びが漏れた。
 これはHiMEの力。チャイルドの力。ダイアナの力だ。
 別の姿をした自分がなつきを騙しているのが見える。静留を騙そうとしているのも。
 なつきに正体を暴かれる自分。静留に破壊される自分。
 違う。こんなのは違う。望んでいない。こんなこと。
 …雪之ノ望ミ
 …玖我ナツキガ憎イ
 …藤乃静留ガ憎イ
 …自分タチノ姿ヲ思イ知ラセテヤリタイ
 …ドレホド滑稽デ醜イ姿ナノカ
 …女同士デ愛シ合ウナンテ
 …私ニハ許サレナイノニ
「違うッ! 違うのっ! ダイアナっ!!」
 遥の姿が見えた。
 ベッドに横たわる自分も。
 遥と会話する自分。
「違う。それ、私じゃない…」
 雪之の声は届かない。
 遥をベッドに引きずりこむ自分。
「やめてっ!」
 もう嫌だ。
 同じ過ちは繰り返したくない。
 遥は、自分を否定した。拒絶した。
 珠洲城遥は、菊川雪之を拒絶した。
 だから、もう嫌だ。二度と拒絶されたくない。
 でも、これは違う。断じて違う。
 遥と一つになりたい。証を残したい。でも、これは違う。
 遥を騙したくない。
 …同じだ。
 何かが囁いた。
 ダイアナでも、自分でもない何かが。
 …同じだよ。
 …菊川雪之は藤乃静留と同じだよ。
 …好きな人を騙して、自分の欲望を満たすんだよ。
 …騙すんだよ。相手の気持ちを考えずに。自分の欲望だけを満たすために。
 …受け入れられないよ。
 …菊川雪之は違うから。藤乃静留とは違うから。
 …珠洲城遥は違うから。玖我なつきとは違うから。
 …恨まれる。憎まれる。嫌われる。逃げていく。蔑まれる。
「…いいよ…」
 目を閉じても流れ込んでくる映像を、雪之は正面から見つめていた。
「それでもいい。遥ちゃんが私を忘れないのなら。憎む相手でも、恨む相手でもいい。遥ちゃんが私を覚えていてくれるなら」
 証が残るなら。
「私は、ただの傷痕でもいいから」
 今度こそは。
 今度こそは伝えてみせる。
 忘れないで。私を忘れないで。
 だから…
「…ダイアナ、離して」
 …嘘だからね。
 雪之は見た。
 遥を組み敷いた雪之が、こちらを見ている。そして笑っている。
 あれは自分だ。
 雪之は知った。
 ダイアナの作り出した幻影とは違う。
 それは、明らかな自分だった。
 もう一人の自分が、ダイアナを操っている。
「離して!」
 …駄目。私が貴方の代わりに、遥ちゃんと一緒になるの。意気地なしで浅ましい貴方の代わりに
「…駄目……遥ちゃん…逃げて…」
 届くはずもない言葉。
 だけど、雪之は知っていた。届く言葉を。
 何があろうとも、必ず遥に届く言葉がある。雪之が呟けば、絶対に遥に届く言葉が。
 二人の間を繋いだ言葉が。
「助けて…遥ちゃん…」
 
 
「貴方、誰?」
 遥の言葉に、雪之が止まる。
「遥ちゃん?」
「うん。似てる。そっくりだわ。だけど、貴方誰?」
「遥ちゃん…?」
「あのね、私、見ず知らずの相手にちゃん付けで呼ばれるのは嫌なんだけど」
「私だよ、雪之だよ」
「あー、ごめん。さっきまで勘違いしてたみたい。だって、そんなに似てるんだもの。だけど、貴方は雪之じゃない」
「遥ちゃん?」
「とっと離しなさい! この贋者!」
 身体中に絡みついていた力が消えた。そう思った瞬間、遥は反射的に動いていた。
 窓、一番近い外への道と。
 窓を開けた遥が庭へ飛び出るのと、一条の光が庭先に飛び込んできたのは同時だった。
「珠洲城!」
「ぶぶ漬けに、玖我!? な、なによ、あんた達!」
 静留を後に乗せたまま、なつきのバイクが庭先に突っ込んでいた。
「いいからこっちに来い! その菊川は贋者だ!」
「知ってるわよ、それくらい!」
 一瞬振り向いて遥は声を漏らす。
「あ……」
 静留となつきはバイクを降りると、遥を護るように両脇に立つ。
「久し振りやねぇ。ダイアナ」
 ダイアナが姿を現していた。
 それも、以前のモノより大きくなっている。
「なんで、チャイルドが…」
「さあ、なんでやろか。それはわかりませんけれど…」
 静留はゆっくりと一歩、なつきに近づいた。
「今のウチらには、少々骨が折れますなぁ」
「…ねえ。玖我さん?」
 遥が厳しい目でなつきを見ている。
「雪之のチャイルドとやらが復活したのなら、貴方達のチャイルドも復活するんじゃないの?」
「…呼んでみた。デュランも清姫も反応がないんだ」
「役立たず」
「なんだとっ!」
「まあまあ、ウチらかてノコノコと来たわけやありませんから」
 普段と全く変わらない調子でニコニコと話す静留に向かって触手が伸びる。しかし、気付いても避けようとはしない静留。
 次の瞬間、触手は宙で切断される。
「力を失うてない人は、他にもおりますえ?」
 どこからか現れてダイアナの触手を切断した者が、三人の前に立っていた。
 そして静留に向かい、頷いてみせる。
「確かに、これは菊川雪之のチャイルド、ダイアナと確認した」
「よろしゅうな、深優はん」
 深優・グリーアは再び頷くと、ダイアナに向き合った。
 
 
 
 
 
   −続−
 
 
 
 
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