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ワタシノ傷痕
(6)
 
 
 
 俗に、三倍の戦力差は必勝だという。
 深優、そしてHiMEの力を再臨させたなつきと静留。
 対する雪之はただ一人。
 深優を抑えるためにアリッサを人質とする策も、既に静留に破られている。
 
 どうでもいい。
 そんなことはどうでもいい。それが、雪之の正直な思いだった。
 仮に負けようとも、どうでもいい。
 いや、この場で包まれ殺されるとしても、気に病むようなことではないのかも知れない。
 雪之は、半睡半覚醒の状態で回りの様子を認識していた。
 もう一人の自分がいる。ダイアナを操っているのはもう一人の雪之だ。
 わかった。ようやく判った。
 そこにいるのは、ダイアナが産みだしたなつきや静留と同じモノ。幻像の雪之。寂しがったダイアナが産み出した幻像。
 ただ、中身は同じだ、と雪之は感じていた。いや、幻像の方が本物より素直なのかも知れない。
 幻像の言葉は全て、雪之の言葉だった。雪之が心の中にしまい込み、誰にも触れさせずにいた言葉だった。
 なつきと静留の関係を羨み、そして憎むに至ったこと。
 遥への想い。
 幻像の語る全てが真実だった。
 あの日、静留に感じた嫌悪感。そこには羨望が混じっていた。同じ立場なら自分は遥に同じ事を……しないとは言えない。断言なんてできない。
 少し道が変わっていれば、あの場にいたのは自分と遥だったのかも知れない。制止に来たのは静留となつきだったのかも知れない。
 だけど、現実は違った。
 雪之には、誰もいない。
 拒絶した遥だけがいた。
 
 …もう、どうでもいいや。
 デュランに撃ち抜かれるならそれでいい。
 清姫に砕かれるならそれでいい。
 深優に切り裂かれるならそれでいい。
 遥に性癖を晒し、それでも拒絶された。思えばあの時に、思い切るべきだったのかも知れない。
 …ゴメンね、遥ちゃん。私、しつこかったよね。
 静留の言葉は当たっている。自分はなんて浅ましいんだろう。
 だから、早く、決着をつけて欲しい。
 早く、この身を消し去って欲しい。
 でも……
 でも……
 ああ、やっぱり自分は浅ましい人間だ。
 この期に及んで、こんな言葉を吐くなんて。
 この期に及んで、こんな厚顔無恥な言葉を吐けるなんて。
「……助けて、遥ちゃん…」
 
 
 宙に跳ね上げられたときも、恐怖はなかった。
 雪之のチャイルドなのだ。自分に害を為すはずがない。遥はそう信じている。
 逆に、なつきのチャイルドに身体を持って行かれたとき、自分を助けてくれたのだと判るまでが恐かった。
 そして、静留のチャイルドには当然のようにいい想い出はない。悪いイメージだけだ。
 地に着いた足。地面を軽く分で感触を確かめる。
「…雪之。待ってなさい」
 デュランと清姫が従っているのは雰囲気で判る。そして深優も。
「貴方達、手伝ってくれるのはいいけれど、雪之に怪我でもさせたら、ただじゃおかないからね」
 一歩一歩、幻像の雪之を睨みつけるようにして進む。
「雪之、勘違いしてるわよ、貴方」
「…遥ちゃん…」
 
「ゴメン……ごめんなさい…遥ちゃん…」
「…そう…そうなの」
「それなら、私は忘れる。何もなかったの」
「私は忘れるから。雪之も忘れなさい」
 
 やりとりは今でも思い出せる。
 一言一句誤らずに思い出すことができる。
「忘れるしかないじゃない」
 幻像の目が大きく見開いた。
「忘れるしかないって言っているのよ! 雪之が謝るなら、私は忘れるしかないじゃない!」
 それが過ちというのなら。
 ただ、雰囲気に流されただけだというのなら。
「謝る必要なんて、どこにあるのよっ!」
 一言、言えば良かった。いや、一言が、欲しかった。
 違うのだ。
 流されたわけでもない。どちらかがどちらかを試したわけでもない。
 騙したわけでもない。無理に合わせたわけでもない。
 抱きたいのなら、身体を合わせたいのなら…
 その理由をただ一つ。言うべき言葉をただ一つ。
 ただ一つ、口にして欲しかった。
「そうじゃないでしょ! 謝るような事じゃないでしょう!」
 許せなかった。
 哀しかった。
 悔しかった。
 謝ってしまう雪之が。謝らせてしまう自分が。
 だから、忘れたかった。
 雪之を拒絶するためでなく、もう一度、やり直すために。
 雪之に、そして自分にもう一度チャンスを与えるために。
 何もなかったことにする、そんなことができないのは判っている。それでも、何もなかったと自分に言い聞かせたかった。
「雪之は、もう、とっくの昔に、私の中にいるのよ。傷痕なんかじゃないわ。もっともっと、大きなモノなのよ」
 遥は手を伸ばした。届かない距離でも、それでも手を伸ばした。
 ダイアナの触手が一本、遥の手に近づく。
 唸るデュラン、構える深優、蠢く清姫。
 遥は首を振り、触手に手を差し出した。
「わかるわよ。これは、正真正銘雪之のモノだって」
 その時、雪之の幻像が膝をついた。
「遥……雪之……」
「……貴方……」
 誇らしげな笑みを、遥は見た。
「ダイアナ……?」
 消える幻像。
 ダイアナの触手束から、雪之が降ろされる。
 今度こそ、遥は生身の雪之の手を取った。
「しっかりしなさい、雪之」
「……遥ちゃん…私……」
 立ち上がろうとした雪之の身体がよろけ、遥はしっかりと雪之を支える。
「ほら、しっか……」
 言いかけた遥の唇を、雪之の唇が無理矢理に塞いだ。
「ん……」
 遥の手が雪之の頭を支えるように抱いていた。
 離れ、雪之は肩で大きく息をつく。
「どうして? 雪之?」
 遥は問うた。
 雪之は、遥を見上げている。
 そして、はっきりと。
「遥ちゃんが、好きだから」
「…うん」
 
 
 
 雪之の謝罪を、三人は受け入れた。
 もっとも、深優は自分の必要が無くなったと知るやいなや教会に、と言うよりアリッサの元へ戻っていってしまい、雪之とは言葉を交わしていない。
 実際に言葉を交わしたのは静留となつきだけだった。
「もういいさ。結局実害はなかったんだ。それより……」
 なつきが声を潜める。
 その視線の先では、静留と遥がなにやら言い合っていた。
「…きっかけは、静留じゃなかったのか?」
 雪之は少し考えて、首を振った。
「今となっては、もうわかりません」
 ダイアナ、デュラン、清姫は雪之が落ち着いた瞬間にまた姿を消してしまっていた。
 雪之となつきが言っているのは、執行部室に現れた静留のことだった。
 もしかするとそれは、雪之の決意を引き出すための幻像だったのかも知れない。
 幻像の雪之はダイアナの能力を最大限に引き出していたのだ。舞衣や命、奈緒の幻像の出来から考えると、全く警戒していなかった雪之が騙されるのはしかたがないだろう。
 部室での静留とのやりとりが、直接には雪之の混乱の原因になったのだ。今回の事件の経緯を雪之から聞いたなつきが心配したのも当然だろう。
 ただ、今の雪之にとってはどちらでも良かった。
 幻像の静留だとすれば、元より気にすることはない。
 本物の静留だとしても……その気持ちはわかるのだ。少なくとも、あのときの静留は何一つ嘘を付いていない。静留の言葉で憎悪をかき立てられたのが事実だとしても、静留となつきが何かをしたというわけではない。
 ただ、好き合っていただけなのだから。それは罪ではない。
「ああ、もう話にならないわね、全く」
 静留と話していた遥が何かで爆発していた。
「珠洲城はん、もう少し気を長うしたほうが、身体にええよ?」
「大きなお世話よ。さぁ、雪之、帰るわよ!」
「あの、遥ちゃん…。帰るって、私の家はここだよ?」
 静留が二人の会話に割って入る。
「ふふ。ウチらが帰りますから、珠洲城はんはどうぞごゆっくり。なぁ、なつき」
「ああ、そうだ。私たちが帰るよ。菊川はもう少し休んでいた方がいいんじゃないか? 幸い…」
 なつきが珍しくニヤリと笑う。
「珠洲城が喜んで看護してくれそうだ」
 真っ赤になって何か言いかけ、遥が笑った。
「……ええ。私は誰かと違ってちゃんと看護しますわよ?」
「珠洲城!」
 何故か慌てるなつき。
「誰かさんみたいに、裸になって患者の布団に潜り込んだりしませんから」
 咄嗟に静留の顔色を伺うなつき。が、次の瞬間、
「あ、遥ちゃん…私なら、別に…その……構わない…よ?」
 雪之の発言で遥の顔が真っ赤に染まってしまい、静留は発言のタイミングを失ってしまった。
「ま。手強うなりはったね、菊川はん。なつき、ウチらも早よぅ帰らな、馬に蹴られる何とやら、になりますえ?」
 二人の姿が消えると、ようやく遥も落ち着いたらしく、雪之に向き直る。
「…雪之。やっぱり心の準備ってものがいるわよ?」
「うん。判ってるよ。遥ちゃん。遥ちゃんの気持ちがわかっているから、もう急いだりしないもの」
「そう。それならいいけど…」
「でも遥ちゃん、本当に、私でいいの?」
「なにが?」
 今回の騒動を引き起こすような自分でいいのか。これが最後の騒動とは限らない。もしかすると、またなにかの機会で暴走してしまうかも知れないというのに。
「別に構わないわよ? なんであろうと、雪之は雪之だもの」
 でも、一つだけ。
 そう言って、遥は言葉を続けた。
「玖我なつきや藤乃静留を気にすることなんて無いのよ? 貴方は藤乃じゃないし、私は玖我じゃない」
 雪之の肩を掴んで引き寄せる。
「私は珠洲城遥で、貴方は菊川雪之。私たちには、私たちの道があるんだから」
 うん。遥ちゃん。とは雪之は言わない。
 ただ、口づけるだけだった。
 
 
 
     −終−
 
あとがき
 
 
 
 
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