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乃梨子の妹2
(ライバル登場白薔薇編の直接の続きです)
 
 
 
 友梨子の登場は、乃梨子の平穏な学園生活に一抹の不安を投げかけていた。
 早速家に電話したところ…
 …本人の希望なのだからいいじゃないか、第一リリアンなら乃梨子も菫子さんもいる。乃梨子だってリリアンが気に入ったと言っていたじゃないか。下手に問題のある地元公立よりも、そちらの方がいいじゃないか。
 と、結構能天気な答が返ってきたが、この、物事に無頓着な両親のおかげで今の自分がリリアンにいるのだと思うと、一方的に腹を立てることもできない。
 仕方なく、妹がリリアンに通っているという事態を受け入れることにしたのだが……
 三日と経たない内にストレスでお腹が痛くなった。
「大丈夫ですか?」
 事情を知っている瞳子が心配そうに乃梨子を見ている。
「うん。ちょっとね、気分が…それとお腹が…」
「乃梨子さん、そんなに妹さんがお嫌いなのですか?」
 根本的な問いかけに、乃梨子は苦笑する。
「実の妹だからね…本気で嫌うなんてできないけれど…」
「それじゃあ…」
「いや、実の姉が言うのもなんなんだけど…」
「はあ?」
「ちょっと変わり者なのよ、友梨子は」
「変わり者って…」
 首を傾げる瞳子。
「若い身空で仏像が大好きとか」
「ノーマルだと言い張りつつも、ガチレズだとか」
「仏像だけでご飯三杯はいけるとか」
「白薔薇さまの写真だとさらに三杯いけるとか」
「ちょっと待て」
 一体自分は瞳子にどんな評価を受けているのか。
 というか、なんだと思われているのか。
「貴方ねぇ、人をなんだと思っているの?」
 それは勿論、と頷く瞳子。
「若い身空で仏像が大好きな乃梨子さん」
「ノーマルだと言い張りつつも、ガチレズな乃梨子さん」
「仏像だけでご飯三杯はいける乃梨子さん」
「白薔薇さまの写真だとさらに三杯いける乃梨子さん」
「オッケーわかった黙れ」
 瞳子は乃梨子の迫力に口を閉じる。
「とにかく、友梨子は変わり者なのよ」
「若い身空で…」
「いい加減にしなさいっ!!」
 乃梨子の右ストレートをスウェーバックでいなす瞳子。
「わ、わかりましたわ、乃梨子さん」
「わかればいいのよ」
「では…」
 おほんと、咳払い一つ。
「一体、友梨子ちゃんのどの辺りが変わり者なんですの? まあ確かに、ものをハッキリと言いすぎる、というか、空気が読めないところはあると思いましたが」
「…確かにね、始めて見る貴方にとっては、友梨子はただの人懐っこい、物怖じをしない、思ったことをハッキリと言う、真っ直ぐな姉思いのいい子に見えるかも知れないわ」
「違うんですの?」
「違うのよ」
「何が違うんですの?」
「…そうね、友梨子の正体、貴方にも聞かせておいた方がいいかもね。万が一、ロザリオでも渡したら大変なことになるもの」
「友梨子ちゃん、クラスメートにも人気あるみたいですわよ?」
「……ますます危険ね。下手な人望でも得たら何をするかわからないわよ」
「どんな人なんですの、友梨子ちゃんて」
「…それがね…」
「あ、ちょっと待って下さい」
 瞳子がニュッと手を伸ばすと、足下に忍び寄っていた同級生を吊り上げる。
「何をやっているんですか、日出実さん」
「……いえ。面白そうな話に、興味が湧いて…」
「新聞部としての興味ならノーサンキューですわ」
「新聞部イコール私よ?」
「お引き取り願えます?」
「次期白薔薇がほとんど確定している方の実妹がリリアンに入学。皆が興味を持つようなことだと思うわ」
「プライベートには干渉しないで。真美さまだって同じ事を言うと思うわよ」
「…いや、それはないと思うけど」
 結局、話の続きは邪魔の入りそうにない薔薇の館ということになった。
 
「どうしたの、二人揃って」
 先客が三人。志摩子さんと祐巳さまと由乃さま。薔薇さまそろい踏みだ。
 ちょうどいい。
 友梨子の本性はきちんと聞いてもらうべきだろう。
「志摩子さん、私がゴールデンウィークに実家に戻らなかったのは知っているよね」
「ええ、知っているわ」
「でも、その理由は言ってませんでしたよね」
 え? と愕然とした表情の志摩子。
「…私と一緒にいてくれるためじゃなかったの?」
「あ、いや…あの。それは…勿論それもあるんだけど…」
「だって乃梨子、言ってくれたじゃない『志摩子さんと一緒にいられて嬉しい』って。ええ、私も勿論嬉しかったわ。だからずっと…ご飯の時も、お手伝いの時も、お風呂にも一緒に入ったじゃないの」
 おいおい、と残るメンバーのツッコミが入る。
「それに…夜だって一つの同じ布団で」
 慌てふためきその場を取り繕おうとする乃梨子だが、もう遅い。
 ゆっくりと由乃を見ると、普通の顔で頷いている。
「まあ、大型連休なんてそんなものよね。私だって令ちゃんの部屋から三日間一歩も出なかったわ。まあ、トイレとお風呂のときは部屋を出たけれども」
「私もお姉さまの所へお泊まりしてたよ」
 何やってたんですか、由乃さま。祐巳さまはなんだかほのぼのしてますけれど。
「それで、乃梨子さんと白薔薇さまが無事結ばれたのがどうしたというのですか?」
 いや、結ばれてないし。
「志摩子さん、それ誤解を招くよ…お風呂に一緒に入ったって、それはお風呂掃除を一緒にしたって事だし、お布団だって、何メートルもある大きなお布団が珍しくて、面白がって使ってみただけじゃない」
「ああ、そうだったわね」
 あっさりと肯定する志摩子さんに、乃梨子はトホホと肩を落とす。
 …天然なのか、わざとなのか。
 …でもそんなところも好きだけど。
「オッケー。乃梨子ちゃん。そういうことにしておいてあげるわよ。それで?」
 なんだか訳知り顔で微笑む由乃さま。ああ、完全に誤解されている……。
 誤解を解くよりも、乃梨子は話を進める方を選択する。
「実は、この連休に実家に戻らなかったのは、深いわけがあるんです」
「深いわけ…?」
 一同の表情が引き締まる。
「友梨子も、連休の間は実家に戻っていたんです」
 少しの間が空いて、代表して祐巳さまが尋ねる。
「…それだけ?」
「はい」
「つまり、友梨子ちゃんに会いたくなかった?」
「はい。正確には、友梨子と一つ屋根の下で過ごしたくなかったというか…」
「どういうこと?」
「あの子、なんかスイッチが入っちゃったみたいなんです」
 は? という顔の一同に、乃梨子は語り始めた……
 
 
 四月の真ん中辺り、友梨子が菫子さんに話を付けて泊まりにやってきた。
 菫子さんは久しぶりの友梨子に喜び、乃梨子もそれなりに歓迎した。
 そしてつい、菫子さんは冗談が過ぎてお酒を友梨子に飲ませてしまったのだ。
 その夜…
 なんだか妙な予感に目を覚ました乃梨子が見たものは、電気の消えた暗い部屋の中で爛々と輝く友梨子の瞳。
「…友梨子?」
「…お姉さま」
「え?」
 普段はお姉ちゃんと呼ばれている。
「どうしたの? 友梨子」
「好き」
 慌てて飛び起きて、とりあえずボディブローを叩き込んで動きを止めた。
 悶絶する友梨子を急いで縛り上げると、部屋の隅に転がして、自分の身を調べる。
 オッケー、異常なし。何もされていない。
 友梨子を起こして事情を聞く。
「一体どういうつもり?」
「え…だって、寮だとみんなこうするって…」
 寮? 
 いや、確かに、女子ばかりの寮がどんな風にファンタジー的扱いを受けているか、想像できない訳じゃないけれど。
 でも、実際問題そんな馬鹿なとも思ってしまうわけで。
「ちょっと待ちなさいよ。まさか、寮でそんなことしてるってわけ?」
 顔色が変わっていたかも知れない。
 さすがに、実の妹をあまり妙な世界に引きずり込まれたくはない。
「いや、私はしてないけれど、みんなしてるって言うから…」
「なんですって…」
「私も、お姉さまとそういうことをするんだろうってみんなが…」
 
 
 要は、そういう事をしている一年生達が、期せずして友梨子を焚きつけた形となってしまったようで。
 乃梨子、というか白薔薇のつぼみ人気は結構なものらしい。
 乃梨子への憧れがそのまま友梨子への羨望。そしてもともとシスコン気のあった友梨子が深く考えずに姉への慕情を語った結果、こうなってしまったのだ。
「そうかあ、友梨子ちゃん、乃梨子お姉ちゃんのことが大好きなんだね」
 祐巳さま、そんなほのぼのと言わないでください。
「…そんなことが数回ありまして…もうウチに出入り禁止にしたんですけれど…」
「寮の一年達にも困ったものね。おおかた、ウソ八百並べてからかったのよ」
「だけど…」
 瞳子が呟いた。
「外部から来て、リリアンの流儀を何も知らない御方をからかってみるというのは、確かに褒められた話ではありませんが、内部進学組の楽しみでもありますわ」
「そういうの、あるんだ」
「由乃さまと祐巳さまはご存じないかも知れませんけれど、確かにそういう傾向はあるのですわ。瞳子だって、最初は乃梨子さんをリリアンに馴染ませるために頑張ろうと思ってましたもの」
 微笑む瞳子。
「そもそも、私自身の手で乃梨子さんを染めてあげようと思っていたのに、ちゃっかり乃梨子さんは白薔薇さまに見そめられていしまわれるし、それではと思ってターゲットを祐巳さまに換えると、とっくの昔に祥子お姉さまに染められていたし…ああ、こうなったら残るは可南子さんしかいませんわ。可南子さんを染めるのはこの私ですわ…うふふふ」
「あの……瞳子?」
「なんですの、乃梨子さん?」
「えーとね。多分今、思っていることを全部口に出してたと思うよ?」
「……………え゛?」
 由乃さまが取りなす。
「聞かなかったことにしましょう。可南子ちゃんには自分の身は自分で守ってもらうという方向で」
「うん、その方向で」
 頷いた祐巳さまがかなり強引に話を戻す。
「それじゃあ、寮友達に色々言われた友梨子ちゃんが、それを額面通りに受け取っちゃったってわけかな」
「そうね、そもそも、乃梨子ちゃんにだって充分百合傾向はあったわけだしね。友梨子ちゃんにもその気があって、それが覚醒したと考えた方がいいかも」
「よ、由乃さま?」
 乃梨子は猛然と反論する。
「私はノーマルです! なんですか、百合傾向って…!」
「どの口でノーマルなんて言うのよ!!」
 由乃さまがやはり猛然と指摘。
「乃梨子ちゃんと志摩子さんを見ていてノーマルに見えるなんて言う人がいたら、その人は眼医者に行くべきよ!」
「バカ言わないでください!」
 祐巳さまがぽつんと間に入る。
「それじゃあ乃梨子ちゃんは、志摩子さんとはただのお友達でいたいわけなんだ」
「え゛?」
「ある日、志摩子さんの隣に男の人が…」
「それは嫌ーーーーーーーーーー!!」
 思わず「ムンクの叫び」と化して絶叫する乃梨子。
「嫌、そんな悪夢は嫌ーーー! なんて残酷なことを言い出すんですか、祐巳さまっ!」
 由乃さまが頷く。
「じゃあ、乃梨子ちゃんはガチと言うことで」
「そういうことで」
 では話を戻しましょう、と微笑みながら祐巳さま。
 乃梨子は確信していた。やはり一番恐ろしいのはこの人だと。
「それで実家には帰りたくない訳ね」
「ええ。ハッキリ言って貞操の危機ですからっ!」
「乃梨子ちゃん、モテモテじゃない」
「いや、実の妹にモテても…」
 これが一年前ならさらに「同性にモテても…」と当惑していたのだろうけれど、人間は変わっていくものだった。
「でも、一年生に人気が出るのはいいことですわ。さすが白薔薇のつぼみ、乃梨子さんですわ」
「確か、新聞部の企画で山百合会人気投票をしたとき、第三位だったんだよね」
「凄いわねぇ、乃梨子ちゃん」
 第四位、黄薔薇さまの微笑みはとても怖かった。
 慌てて話題を変える乃梨子。
「と、とにかく、今は友梨子を警戒しているんです」
 話の間、黙って聞いていた志摩子さんがそこでボソッと呟いた。
「…友梨子ちゃんの気持ち、わかるわ…」
「え?」
「…あ、いえなんでもないのよ」
「志摩子さん…私、志摩子さんなら…」
「乃梨子…。でも、友梨子ちゃんに悪いわ」
「そんなことないよ。友梨子と私は血が繋がっているんだもの。
血が繋がっているのに愛し合うなんて、そんなのアブノーマルじゃないっ!」
「きしゃあああああああ!!!!!」
 怒り狂う由乃さまを必死で取り押さえる祐巳さまと瞳子。
「あれは私に対する嫌味かーーーー!!!! そもそも、近親相姦の禁忌は遺伝子の多様化を促進するための自然界の掟! つまりは、子孫繁栄に何ら寄与しない女同士の関係に対しては近親相姦を回避する本能は働かないのよっ!!!」
 何故か妙に論理的な由乃さま。
「落ち着いて、由乃さん!」
「姉妹と従姉妹では重みが違いますわ!!!」
「そもそも従姉妹同士は結婚もオッケーなんだから!」
「そうですわ。祥子お姉さまと優お兄さまだって、従兄妹なのに婚約者なんですわよっ!」
「…婚約者…」
 ふにゃあと力の抜ける祐巳さま。
「ゆ、祐巳さま! 瞳子を一人にしないでッ!!」
「そうだよね……お姉さまと柏木さん、婚約者なんだよね…うふ、うふ…お姉さま、卒業したら結婚しちゃうのかなぁ…」
 力無く座り込む祐巳さま。涙目で由乃を抑える瞳子。口から火を噴いて迫る由乃さま。
「ごきげんよう!」
 ばたん、と扉を開いて現れたのは、他でもない友梨子。
「あ、お姉さま、やっぱりここにいたのね」
 全員の動きがピタリと止まる。
「あ、志摩子さまも一緒にいる。ラッキー!」
 唖然とする一同をよそに志摩子さんとと乃梨子の間にするりと入る友梨子。
「えへへ。私、お姉さまも志摩子さんも大好き」
「友梨子、貴方…」
「ねえねえ、白薔薇さま、聞いてください。お姉さまったら、添い寝しようとしたら怒るんですよぉ〜」
「はあ?」
 乃梨子の声がつい大きくなる。
「添い寝!?」
 きょとん、と振り向く友梨子。
「うん。お姉さま、私が布団の横に入ろうとしたら怒ったじゃない。ボディブローまでして」
「添い寝って…貴方…」
 はた、と気付く乃梨子。
 そういえばあの夜、友梨子は寮の友達に色々なことを言われたと言ったが、具体的な内容は聞いていない。
「…寮でみんながしている事って…添い寝なの?」
「そうだよ?」
 ゆっくりと周囲を見回す乃梨子。その頬は赤い。
「…私と令ちゃんは、連休の間ずっと添い寝していたのよ」
「あ、私もお姉さまの別荘でずっとゴロゴロ添い寝してたの」
「私が可南子さんとしてみたいのも、無論添い寝のことですわ」
 由乃さま、祐巳さま、瞳子に続いて志摩子さんが、
「私も乃梨子とはたっぷり添い寝してみたいの」
 とにっこり笑う。
「あ…」
「乃梨子さん、一体何を勘違いしたんでしょう。瞳子にはさっぱりわかりませんわ」
「私だってそうよ。乃梨子ちゃんが何を言いたかったのかなんて全然わからないわ」
「由乃さんの言うとおり。私だってちんぷんかんぷんだよ」
 ボディブローを今度はこの三人に叩き込んでやろうかという思いを必死で我慢している乃梨子。
「それじゃあ今度三人で、添い寝しましょう」
 屈託なくニコニコと宣言する友梨子。
「それもいいわね」
 友梨子を叱る前に志摩子さんにそういわれては、乃梨子は何も言えない。
「え、でも志摩子さん」
「だって、乃梨子の妹なら、私にとっては義理の妹みたいなものじゃない」
 さらりと自然な爆弾発言に、乃梨子は絶叫を抑えこんだ。
 …そ、それは志摩子さん…私と志摩子さんは夫婦同然? 枕は二つで布団は一つ? 新婚旅行はベタに熱海? ハワイ? ヨーロッパ? それとも仏像教会名所巡り七泊八日? 勿論陽が沈むと同時にに投宿して、陽が昇りきるまでは絶対に起き出さないわ…
 妄想から帰ってくると、何故か話はトントン拍子に進んでいて、友梨子が乃梨子と一緒に志摩子さんの家に泊まりに行くことになっていた。
「あの大きな布団で、三人一緒に寝ましょうね」
 そして乃梨子にだけ聞こえるようにボソッと付け加える。
「…友梨子ちゃんが早く寝付いてしまうといいわね」
 乃梨子は、泊まりに行く日まで何とかして睡眠薬を手に入れようと誓った。
 
 
 
あとがき
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