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主二人
13「それは、闇の書と呼ばれる」
 
 
 
 学校帰りのなのはが唐突に立ち止まったのは、純然たる好奇心が理由だった。
 今日は、学校帰りに直接翠屋へ向かう日。その途中で何故か目にとまった一台の車。何故その車が自分の琴線に触れたのか、それはわからない。
 どう見てもごくごく平凡な、何処にでもある車に見えるのだけれど。
 むむむ、と唸りながら、近づきすぎない程度に車を観察。
 何か違和感があるのだけれど、その違和感の正体がわからない。これは、とても気持ち悪い。
 車に取り立てて見覚えがあるわけでもない。知り合いの誰かの車というわけでもないのだ。
「あの……」
「に゛ゃっ!」
 慌てて飛び退いたのは、誰も乗っていないなと思った車の中から人の頭が出てきたため。
「もしかして、高町なのはさん?」
 しかも、自分の名前を知っている。
 誰ですか? と、なのはは車には近づかずに尋ねる。怪しい人には近づいては行けない。怪しい人の乗った車に近づくなんて問題外だ。
 もっとも、今やレイジングハートを所持しているなのはを誘拐するのはかなりの難問だが。
「あの、私、エイミィさんの後輩でシンディと言います。アースラのクルーです」
「エイミィさんの?」
 エイミィの名前を知っているなら、話は別だ。なのはは安心して車に近づく。
「エイミィさんは、翠屋に行くと言っていましたよ」
「あ、そうなんだ。ありがとうございます」
「でも結構前だったから、もう戻ってくるかも知れませんけど」
 一瞬、なのはは悩む。翠屋へ立ち寄るのは、家へ運ぶ物を受け取るためで、それは特に急がなければならない用事ではない。
 この足で翠屋へ向かうと、入れ違いになってしまう可能性もあるような気がする。だったら、ここでエイミィを待っていた方が賢いのではないだろうか。
 そこで、なのはは自分の持っているものに気付いた。
「レイジングハート、エイミィさんを捜せる?」
 Yes, My master.(はい、マスター)
「翠屋にいるの?」
 No. She has been coming toward here.(いいえ。彼女はここに向かっているようです)
「じゃあ、少し待とうか」
 All right.
「あの、良かったら車の中に入って座って待っていませんか?」
 シンディの申し出になのはは、
「でも、なんだか色んな機械がありますけれど、入って良いんですか?」
「なのはさんなら大丈夫ですよ。それに、勝手に触ったりはしないでしょう?」
「はい」
 機械類に興味がないと言えば嘘になる。むしろ、興味津々だ。だけど、勝手に触るのはまた別の問題だ。
 なのはは素直に後部座席に座る。
 車の後部の半分はよくわからない機械で占められている。後で聞いてみようとと思いながらなのはは、機械の外見だけをじっと観察していた。
 気付くと、一枚の紙がある。
 数字の書かれた一枚の紙。まるで、一枚だけ隠し忘れたように。いや、実際その通りなのだろう。
 二つの数字が書かれているその紙を、なのはは手に取ろうとしてためらい、何となくその数字を覚えてしまう。
「あ、エイミィさん、戻ってきたみたいですよ」
 言われて顔を上げると、エイミィが戻ってくるのが見えた。
 なのはは車を降りて手を振る。
「あ。なのはちゃん」
「エイミィさん」
 見ると、エイミィの後ろには見慣れない二人。
「この子が高町なのはだね」
「写真より可愛い子ね」
 まじまじと見られて少し照れる。けれど話からすると二人はこちらのことを知っている模様。状況から考えると管理局の人だろうか?
「ああ、なのはちゃん。この人はリーゼロッテさんとリーゼアリアさん。簡単に言うと……そうだね、クロノ君の師匠だよ」
「え。師匠って……クロノ君の魔法の?」
 ロッテは笑う。
「あたしがクロスケに教えたのは格闘、接近戦だよ。確かに魔法も使うけれど、魔法の師匠はあたしじゃなくてアリアの方だね」
「はじめまして。リーゼアリアです」
「あ、はじめまして、高町なのはです」
「ロッテ、貴方も挨拶」
「はじめまして。リーゼロッテだよ」
 そこでなのはは、エイミィとアリアの手荷物に気付く。
 それは、翠屋の商品持ち帰り用の紙箱である。
「毎度ありがとうございます」
「うーん。さすがなのはちゃん、しっかりしてるね」
 エイミィは、苦笑していた。
 
 
 
 
 
 蒐集を終えた次元からの移動を終え、追っ手の有無の確認をかねて小休止を行う。ここはまだ地球のある次元ではない。
 行きはまだしも、帰りはこうやって行程を複雑にしてカモフラージュを行うのが次元犯罪者の定番だ。
 ……犯罪者……か。
 自分たちが慣れてしまっている行為に自嘲めいた溜息を漏らすと、先頭のシグナムは背後を確認する。
 光を前後から挟むようにしてヴィータとザフィーラ。二人の護衛めいたポジション取りにシグナムは満足して頷いた。
「御尊父、この辺りで小休止に入りましょう」
 光はシグナムに返事をすると、しっかりと抱え込んでいた闇の書から手を離す。
 宙に浮いた闇の書は自らページをたぐりながらゆっくりと回転し始めた。まるでその威容を周囲に誇示するかのように。
 その様子に一抹の違和感を覚えつつも、シグナムが言う。
「見事な魔力攻撃でした。まさか、あれほどの物とは」
 光は首を振る。
「魔法を使えるようになったわけやない。僕のリンカーコアに変化はないはずや。念話もできへんほどの魔力量に違いはないはずやで」
「それじゃあ、一体あの力は何なんだよ」
 ヴィータが不審な様子で尋ねていた。光の魔力攻撃について事前に知らされてはいたが、なぜそんなことができるかはまだ謎なのだ。
 しかし、光はあっさりと答えた。
「あれは、闇の書の蒐集した魔力や。それを僕は直接放出してる」
 つまり、光は自在に魔法を使えるわけではない。闇の書が蒐集した魔法を放出しているだけなのだ。
 確かに、不可能なことではない。
 蒐集した魔力を使い攻撃、それにより新たな蒐集を行う。攻撃に使った魔力よりも蒐集した魔力の方が大きければ、この方法でも蒐集は可能なのだ。さらに、ヴォルケンリッターの助けが有れば蒐集はより簡単だ。
 自ら魔道師であったりリンカーコアを保持していた過去の主と違って、光は魔道師でもなくリンカーコアもないに等しい。だからこそ、今までは滅多に使われなかった方法が光には教えられているのだろう。
 それでも、あくまでもこれは緊急手段であり蒐集の効率は当然のように悪い。乱用すれば蒐集以上の魔力を使うため意味がなく、かといって使い惜しみをしていては何のための能力かわからない。
 さらに、放出すれば蒐集した魔力は消えるのだ。たとえば、シグナムのリンカーコアを奪えば紫電一閃が使えるだろう。ただし、一度使えばその力は失われ、もう一度蒐集しない限りは二度と使えないのだ。
 主専門の新魔法を作り上げることは不可能なのである。もっとも光の場合は、作り上げたとしても絶対的な魔力不足のため使えないのだが。
「もう少し休んだら、帰ろか。あ、戻る時は、できたらスーパーの近くの方な。夕飯の買い物してかなあかん。なんか食べたいモンがあったら」
「あ、あたし、ハンバーグがいいっ!」
「お。なかなか早いリクエストやな。よーし、そしたら今晩はヴィータのリクに応えよか」
「やったぁ!」
 無邪気に喜ぶヴィータに頬を緩めながら、
(シャマル? 聞こえるか?)
(はい。光さん)
(ちょっと、冷蔵庫見てくれるか? サラダになりそうなもん、あったかな)
(少し待ってくださいね)
 シャマルに念話を繋いで返事を待つ間、光は思い思いの格好でくつろいでいる三人に目を向けた。
 三人はくつろいでいるように見えるが、実際には隙などない。この瞬間に襲撃があれば、即座に反撃に転じ……いや、襲撃者はその目論見の寸前に敗れるだろう。
(キュウリとチシャ、カイワレがありますから和風サラダなら)
(悪い、はやてと一緒に、ドレッシングだけ作っといてくれるか?)
(はい。わかりました。そうだ、ジャガイモも茹でておきましょうか?)
(ポテトサラダ……悪ないな。うん、頼むわ)
(はい。任せてください)
(買い物していくから、一時間もせんうちには帰れると思うよ)
(お風呂湧かして待ってますね)
 
 
 
 
 
 リンディはいくつかの報告書を空間に同時投影し、閲覧していた。
 一つは、自然保護局のデイハーツから。
 一つは、運用部のレティ・ロウランから。
 一つは、地球にいるエイミィから。
 デイハーツからの報告は、辺境世界の魔法生物が多数狩られている現状についてのものだ。リンディに直接送られた報告ではないが、立場上、閲覧はできる。
 魔法生物を狩るという事件自体は、闇の書とは無関係に過去に何度もあった。しかし、これだけの数が連続して狩られているというのは問題だ。しかも、その全てがそれなりの魔力持ちだという。
 やはり、闇の書復活と思しき事件は確実に起きている。それが、リンディの解釈だった。
 魔法生物の狩られた場所、希少な目撃証言、それらを総合して、厳しく見積もっても数十、甘く見積もれば数百の次元世界が「闇の書転生先候補地」だ。とてもではないが一つ一つを確認することなどできない。候補と呼ぶのも馬鹿馬鹿しい量だろう。
 それでも、リンディはその予測を数人の信頼できる相手――浮き足だって先走らない者たちに伝えていた。
 その結果が、レティからの報告――管理局に送られてきた匿名情報と武装隊の動きについて――である。
 ヴォルケンリッターによるリンカーコア蒐集を予告してきた匿名情報は、その蒐集場所と時間について恐るべき的中率を見せた。当初はその情報も眉唾物と判断されてはいたが、念のために派遣された武装隊は全滅している。第二次、第三次も同じ結果だ。目撃情報からも、本当にヴォルケンリッターが現れたとしか考えられない。
 現在ヴォルケンリッター側にいる何者かがわざと情報を漏らしているのかもしれない。ただしこれに関しては、リンカーコア持ちを集めるためにヴォルケンリッターがわざと居場所を漏らしたのではないかという意見も出ている。確かに、リンカーコア集めと考えれば武装局員相手はかなり効率的だ。
 最後が、エイミィからの情報である。
 つい最近、地球でリーゼ姉妹が目撃されたという。エイミィが直接接触したのだ。間違いはない。
 姉妹は、主であるグレアムがフェイトの保護観察担当であるため、PT事件の重要関係者である高町なのはの身辺調査をしていると供述している。確かに、それでつじつまは合う。
 しかし、リンディはそれが気にいらない。
 盗聴器だらけの家。それを好奇心から追ったエイミィが出会ったリーゼ姉妹。
 さらにもう一つ。
 グレアムが新しいデバイスを入手したという情報がある。そのこと自体は特に問題とはならない。グレアムほどの魔道師が自らデバイスを開発し、入手する。不自然どころか当然だ。グレアム自身が現在これといった専用デバイスを所持していないのだから、怪しむべき点は何もない。
 しかし、その性能は「氷結」。その「氷結」こそ、対闇の書においては現時点で最適と考えられている対応なのだ。
 全てを偶然と言ってしまうこともできる。全ては同じ方向を示していると言うこともできる。
 前者ならば問題はない。報告書を全て廃棄処分にし、アースラの通常業務に戻ればいい。あるいは、いずれ決められる担当者の捜査方針に従って「闇の書」を追うか。
 後者ならば、わからない点が一つある。
 これだけの材料があれば、リンディには充分予測が可能だ。そしてそれは、当然グレアムにも予測できていたはずだ。もしグレアムが隠匿を考えているのなら、もっと情報は少なかっただろう。あまりにも、今回の事件に対する隠匿は中途半端なのだ。まるで、見つけて欲しいと願っているかのように。
 いや。
 見つけて欲しいとすれば?
 管理局に見つけてもらわなければならない理由。
 武装局員を呼び集める理由。蒐集の完成。そして、闇の書完全覚醒直後の隙を狙った氷結魔法が、「対闇の書」の肝だ。
 つじつまは合う。ただ、武装局員たちを捨て駒にするという思想は管理局にはない。もし、グレアムがそこまでの妄念を抱いていたとすれば?
 リンディは、もう一度レティの報告に目を向けた。
 信じられない報告がもう一つ。
 武装局員に死者は出ていない。ヴォルケンリッターは武装局員を一人も殺さず、無力化してリンカーコアを奪うだけに留めているのだ。今までの資料からは考えられないことだった。
 黒幕が誰にせよ、このことを予期していたのだろうか。そこまで予期できる者など、闇の書の主本人にしかいないだろうに。
 顔をしかめ、リンディは一旦投影を消す。
 予測に予測を積み重ねる時は、一つでも偶然の産物があればおしまいだ。その時点で全ての予測は無意味になる。そして得てして、偶然とは起こるものなのだ。
 それでも、その偶然を可能な限り自分の有利な事象として捉え、構築しなければならない。それができるのが優秀な提督というものだ。そしてリンディは、自分が客観的に「優秀」と目されていることを知っている。
 リンディはいくつかの指示書、依頼書を作成し、それぞれへと通信回線を開く。
 グレアムが黒幕、あるいは何らかの関係を持っているというのなら、彼に対する捜査はすでに始まっているのだ。あの日、クロノをリーゼ姉妹に師事させたときから。
 
 自らの関わる全ての私事は、いかなる瞬間にも公事へと変換されうる。それが、リンディ・ハラオウンという人物である。
 
 
 
 
 
 エイミィはなのはをドライブに誘う。
 リンディたちがこちらに住むつもりだと言うことは隠す必要もない。そもそも、翠屋を訪れた時にすでに桃子たちには話しているのだから。
 なのはが後部座席の機械類に興味を示していることにエイミィはすぐに気付いた。それに、子供とはいえ地元の人間、さらには一流の魔道師の資質持ちである。同道することにメリットこそあれデメリットはない。
 なのはは二つ返事だった。
「これって何なんですか?」
 車に乗り込んだ後のなのはの問いに、エイミィは素直に盗聴探知機と答える。そんなものがある理由も一緒に教えると、なのはは一言唸って何かを考え始めた。
「レイジングハートと繋いだら、念話の探知もできるんでしょうか?」
「できると思うけど、探知だけなら魔法でやった方が早いんじゃない? ああ、でも魔力の限界以上の探知までできるかもね」
「うーん」
「なのはちゃん、使ってみたいの?」
「機械と魔法って、一緒にまとめて何かできないかなって」
「面白いこと考えるね。だけど、それって要はデバイスの事じゃないかな?」
「あ」
 笑いながら、エイミィはリンディたちの予定をなのはに伝える。
 本当なら今頃は地球に来ているのだが、ロストロギアの捜査でそれどころではないと言うこと。
「近くには来てるんだけどね」
「近くって……また、事件が起こるんですか?」
「わかんない。地球も、候補地の一つって言うだけよ。確定はしてないわ」
「何か、お手伝いできること、ありますか?」
「いいよ。気にしなくても。でも、この世界が巻き込まれた時はお手伝いしてもらうかも知れないね」
「はい。勿論です」
 エイミィは簡単に、ごくかいつまんで「闇の書」に関する話を聞かせた。勿論、捜査に現在関係のないなのはに対して隠すべき部分は隠したままで。
「要は、結構な力を得ることのできるとんでもない魔道書がこの辺りの次元世界のどこかにあるらしいのよ。今のところはこの世界に現れたというわけではないから安心だけれど、無差別にリンカーコア狩りが行われるようなら、なのはちゃんも狙われるかも知れない。なのはちゃんの力なら、いざというときに逃げることくらいはできるだろうけど、気を付けてね。魔道師以外は狙われる心配はないから、家族の人たちは大丈夫よ」
「逃げる……んですか?」
「相手は強いわ。くれぐれも危険を冒して欲しくないの。身体が空いているのなら、クロノ君やユーノ君、フェイトちゃんを護衛につけたいくらいよ」
「そんなに強いんですか」
「最低でも、クロノ君とタメを張れる強さの魔道士が四人と考えてみて。正面から闘って勝てる?」
 少し考えて、なのはは首を振る。
「四人……。無理です。フェイトちゃん、クロノ君、ユーノ君、それにアルフさんまでいないと」
「そういうこと。だから絶対に無理はダメよ」
「はい」
 なのはは素直に答える。下手に動いて捜査の邪魔にはなりたくない。その程度の分別はあるつもりだ。
 それに、もし本当に自分の力が必要というのなら、必ず声をかけてくれる。と、なのはは信じていた。自分の力への自信などではなく、仲間として一緒に立っていた信頼ゆえに。
 
 
 
 
 
 無限書庫の奥で、ユーノは大きく欠伸する。
 スクライア一族の本領とも言える能力は、この書庫において十二分に発揮される。自分が今現在進行形でそれを証明している。無限書庫の司書など、自分たちのために誂えられたような職務ではないか。
 その先駆けとして、ユーノはリンディからの任を受けて、「闇の書」の調べを進めているのだ。
 過去の調査スタッフが無能だったわけではない。スクライア一族の検索走査能力に着目する者がいなかっただけのことだ。ユーノ自身、いや、一族の重鎮たちすら、スクライアの能力は野外限定だと根拠なく思いこんでいたのだ。まさか、屋内での資料探索に応用の利く能力だとは誰も思っていなかったのである。
 そもそも、スクライア一族のライフスタイルが基本的にはアウトドアであり、放浪する一族だということもも一因だった。言葉は悪いが、まだ若いのに引き籠もって資料調査を行うことをそれほど苦としない、ユーノのようなタイプは極めて少数派だったのである。
「闇の書は……」
 リンディからの依頼書に返送する形で、ユーノは調査結果の概略を述べていく。
「元々は、害をもたらすものではなかったと推定されます。純粋に魔力の蒐集、研究を行うことが目的であったものが、歴代の主の改変によって本来の能力から大きくかけ離れた力を得たもの、と推定されます」
 あるいは、歴代のどこかの主が大幅な改変を、悪意を持って行ったか。いや、それは不自然だろう。それならばその前後で何か動きがあったはずだ。
 しかし……
 ユーノは部屋の片隅に超然と置かれている一群の本を視界の片隅に映した。
 無限書庫の中でも異端中の異端。さらにそれらの断片や写本。そこまで後退してようやく目にすることのできる古代の魔道書、研究書である。それらは見る者の意識にダイレクトに効果を及ぼす、いわば呪いのような効果を持っているとまで言われているのだ。無限書庫の高位司書といえど、気軽に閲覧はできない。それどころか門外不出と言っても良いだろう。
 そして、それらには「闇の書」の別の顛末も記されている。ただし、信憑性はないに等しい。
 クロスチェックは不可能。似たような文献を当たっても全てが元からの参照、孫引きなのである。一次資料そのものがあてにならない上に二次以降の資料は全て一次の引き写しというわけだ。これを信用しろというほうがどうかしている。
 それでも、ユーノはその資料に妙な魅力を感じていた。まるで魅了の魔力に当てられたかのように。
 古代ベルカの禁断の魔道書。
 ルルイエ写本、ナコトの書、ノクタ断章、エノク書、屍食教典儀、黒野狗祭祀書、……
 辛うじて読みとれる文章、あるいは狂人の戯言、幻覚をそのまま言語化したような無意味な音節の羅列。それらをユーノは一つ一つ拾い上げ、繋げた。
 そして一つの結論が生まれたのだ。
「古代ベルカにそれは、あり得ざる角度、忌まわしき色彩、菫色の蒸気と共に現れた」
「主は抵抗し、異界の名状しがたきものを蒐集した」
「それは、そして、狂った」
「それは、闇の書と呼ばれる」
 荒唐無稽に過ぎる、とユーノは判断する。しかし、判断するのはリンディであるということも、ユーノは知っていた。
 
 
 
 
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