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主二人
15「悪魔でいいよ」
 
 
 
 自分は何をしているのだ。と頭のどこかで詰問する。
 リンカーコアを奪っているのだ、と冷静に答える自分がいた。根こそぎ奪ったわけではないのだ。この子の年齢ならば、リンカーコアは復活するだろう。献血のようなものではないか、目くじらを立てる必要などあるまいに。
 あまりにも、それは自分勝手な言い分。
 これでこの子は、自分を憎むのだろう。はやてとも、今まで通りの関係ではいられない。
 そうだ。この子は、はやての敵となる。
 ならば、後の憂いとなりかねない火種は消し去っておくべきではないだろうか。
 ヴォルケンリッターなら、黙っているだろう。自分は主の父ではないか。主のためならば彼女らは否とは言うまい。
 それに、殺してしまえばリンカーコアを根こそぎ奪えるではないか。ひいては、はやての回復も早まる。
 娘のためだ。他ならぬ、娘のためなのだ。
 自分は、はやての父親なのだろう? 何を悩むことがある?
 はやてのためになら、この手が血にまみれることなど恐れない。そうではないのか?
「どうされました?」
 シグナムの声が光を呼び戻す。
 時間にしてほんの数秒。高町なのはがリンカーコアを奪われてから倒れるまで。その数秒間、光は立ちつくしていた。
 目の前には、倒れたなのはの姿。
 信じていた人に裏切られた驚愕と、体内に生まれた衝撃。心と身体の両方を打ちのめされた表情で、なのはは仰向けに倒れている。
 今、自分は何を思っていた?
 何処か捻れた思いを振り切り、光はただ呟いた。
「高町さん。許してくれ、とは言えんわな。僕を恨んでくれ、憎んでくれてもええよ」
「……せん……せ……」
 どうして? 聞こえたような気がして、光は顔を背けた。
 ……殺してしまった方が良い
 問いかけは未だ止まない。誰かが光に問いかけている。
 なのはの命を奪えと。
 道を違えよと。
 ……娘のために、その子を殺せば良い
 否。と光は答える。いや、答えようとした。答える事を望んだ。答えたいと思った。
 しかし、その意思を妨げるように光の右腕は伸ばされる。なのはの喉元へと。
 細く柔らかく、温かい喉笛に触れようとする指。
 魔道師の力など必要ない。平凡な成人男性の力さえあれば少女の喉笛を砕く事は容易いだろう。
 指先に力を込めればいい。
 ……殺してしまえばいい
 ……娘のために、殺してしまえばいい
「アホ……かっ……」
 左腕が右腕を握る。自分の腕のはずなのに、その力は左腕を容易く引き離しかねないものだった。
 それでも、光は手を離さない。
「高町さんっ! 逃げろッ!」
「光さん!」
 異変を見取ったシャマルが叫ぶ。
「何やってんだっ!」
 デバイスによる魔力探査を誤魔化すために、はやての制服を着込んでなのはの目を欺いたヴィータが立ち上がっていた。
 二人は、ほとんど同時に光へ向かって駆け出そうとする。
 一方、シグナムは別方向から近づく魔力反応に注意を向ける。
(ザフィーラ!)
(ああ、気付いている。数は多いが、注意すべきは二つ……いや、三つか)
「あかんっ! 逃げてくれっ!」
 光の右腕が自身の左腕を振り切った瞬間、その指先の直前に魔力の防御膜が発生する。
 虚しく防御壁を殴りつけた右腕は、再び光の制御下に戻る。
 なのはの周りには、球状の防御力場が発生していた。
「スフィアプロテクション?」
 シャマルは上空を振り仰いだ。
 そこには二つの人影が。
「なのはから離れるんだ!」
 ユーノ・スクライアは激高していた。
 怒りにまかせた急降下で、なのはの隣に激突しかねない勢いで降り立つ。
「てめえっ!」
 ヴィータのグラーフアイゼンを、ユーノは咄嗟に二つ目のスフィアプロテクションで受け止める。
 攻撃を受け止められたヴィータの眉が上がる。
 しかし、ユーノの表情に余裕はない。
 それだけ、その一撃は強烈だったのだ。
 ベルカ式の特徴であるカートリッジによる強化。それすらまだ使ってない段階の打撃である。その事実が、ユーノに余裕を与えないのだ。
「なのは、しっかりして。動ける?」
「……ユーノ……くん?」
「僕だよ。クロノも来てる。早く逃げよう。立てるかい?」
「ん……」
 ユーノはなのはを担いだ。そして、自分たちに向いているヴィータ、シャマル、光を睨みつける。
「許さないからな……」
「違う……ユーノ君……きっと……理由が」
 なのはの言葉を打ち消す、ヴィータの宣言。
「てめえ。逃げられると思うのか?」
 ヴィータはゆっくりとグラーフアイゼンを構え治す。奇襲とは言え、今のユーノはヴォルケンの囲みの中へと侵入してきたのだ。それも、守るべき主の目の前に。
 これが失態でなくて何が失態か。
 ユーノの行動は、ヴィータの神経を逆撫でしていた。
「これでまんまと逃げられたら、あたしは騎士の面汚しだ」
「騎士の面汚しだって?」
 そして、ヴィータの言葉にユーノは笑う。
「戦う意志を持たない、話し合いを申し込んだ相手を騙し討ちするのが騎士のやる事なのか! ヴォルケンリッターの誇りとは、言葉だけのものなのかっ!」
「うるせえっ! おめえに何がわかるんだよっ!」
「わからないさ。わかるわけないだろう。いや、わかりたくもないよっ!」
「てめぇ……」
 光、シャマル、ヴィータを相手に一歩も引かず睨み合うユーノ。その四人を足下に、シグナムはユーノと共に現れたもう一人に相対していた。
 彼の現れた瞬間に、ユーノの存在を脳裏から切り捨てて向かったのだ。それだけの気配をシグナムは感じたのである。
 おそらく、この場にいる中では最も手強く、油断のならない相手だと。
 ならば、自分が立ち向かわなければならない。烈火の将たる自分が。
「最初に一つ言っておく。投降する気はないか? 君たちの主には厳正な捌きを準備する事を約束しよう」
「この身を惜しむつもりは毛頭ないが、お前達のやり方で主を捌く事に、我らが納得すると思うか?」
「いや」
「ならば、答えは決まっている」
 シグナムはレヴァンティンを構えた。
「名は名乗らない。これは騎士の戦いではないからな」
「構わないとも」
 しかし、クロノは告げる。
「僕は、管理局執務官クロノ・ハラオウン」
「聞いた覚えはないぞ」
「わかっている。僕が聞かせたいだけだ」
 クロノの背後には、円状の陣をくむ武装局員たちの姿が見える。
 合図による指示を出しながら、S2Uを構えるクロノ。
「ヴォルケンリッター。君たちに殺された男の息子ではなく、管理局執務官として僕は君たちと闘う」
「ならば私は騎士の誇りのためではなく、ましてや闇の書の騎士としてでもない。守るべき者を守るために闘おう」
 赤い閃光が走り、黒い一迅がそれを弾く。
 あらかじめ打ち合わせてあったかのように二つの軌跡を囲んで動く一団を、褐色の守護騎士が引き留めた。
「お前たちの相手は、私がしよう」
 手甲の輝きを目に留めた、と局員達の脳が認識するより早く、並の魔力砲撃よりも格段に重い拳の一撃が武装局員たちをなぎ倒していく。
 瞬時に包囲の一角は崩され、浮き足だったところへさらなる混乱を招く暴風のような連撃。砲撃の類を一切使わぬ、剛なる四肢のみによる攻撃が、武装局員たちの焦りをさらに招いていた。
 ザフィーラにとっては、デバイスに頼りきる、ましてや中距離遠距離からの砲撃にのみ特化したミッドチルダ式魔道師など、戦士とは認められない。懐に入られると格闘の一つもロクにこなせなくなる者など、戦士と呼ぶのはおこがましいのだ。
「上も始まったようだし、あたしらも、行くぜ?」
 言いながら近づくヴィータを、なのはを担いだままのユーノは揺らがない視線で貫く。
「君たちは騎士なんかじゃない」
「だったら、なんだって言うんだよ」
「騎士なんかじゃない。君たちは悪魔だ。『闇の書』の悪魔だ」
 一歩、光が踏み出した。その動きを、シャマルが止める。
「悪魔でいいよ」
 ヴィータが呟いていた。
 ユーノに届いているかどうかも疑わしい小さな声。それは、ユーノに聞かせる言葉ではなかった。
 自分自身に言い聞かせるための、自分自身を鼓舞するための、自分自身を振るわせるための、縛るための、納得させるための言葉。 
「悪魔って呼びたいなら勝手に呼べばいい。そうさ、あたしたちは悪魔だ。『闇の書』の騎士だからな。だから、悪魔のように容赦なく闘ってやる。それでどうなっても、あたしたちは悪魔だからな」
「……君たちの主が……」
 ユーノは視線を一瞬、光に向ける。
「それを望んでいるって言うのか。それとも、それが君たちの本性なのか!」
「そうだよっ! あたしたちは悪魔でいいんだ! 悪魔って呼ばれてもいいんだ!」
 ヴィータの眼差しはユーノに向けられ、しかしヴィータはユーノを見ていない。
 何か別の物を見ている、とユーノは気付いた。
「ダメ……ユーノ君……はやてちゃんのため……はやてちゃんの足が……きっと……先生は……」
 かすれきった言葉。小さな、耳を澄ませなければ聞こえない小さな言葉。
 その言葉は、不思議と皆の耳に届く。
「高町さん……」
 呟いた光の手を、シャマルが握っていた。
「光さん……あの子は……」
 気付いている。
 気付いているのだ。光の想いに。騎士たちの想いに。
 しかし、いや、だからこそ、歩みは止められない。ここで立ち止まってはならないのだ。
「なのは……」
 ユーノは理解した。八神はやての名は知っている。そして、この前に立つ主の姿も。
 二人とも、なのはから送られてきたビデオレターの中で見た姿だ。
 そして、八神はやての足の話も、なのはと同程度には知っている。
 つまり、「闇の書」によって、娘の足を治そうとしているのだ、この男は。そして、騎士たちは。
 しかし、それをはやて自身が求めているというのか。
 なのはを傷つけて、大事な友人を傷つけて。父親を犯罪者へと貶めて。それをはやてが、娘が望んでいると信じているのか。
「そんなの、認められるわけがない! 君たちの願いを、はやては知っているのか! なのはや他の人を傷つけてまで、足を治したいと望んでいるのか!」
 足だけの話ではないのだ。しかし、それを知っているのは光とヴォルケンリッターだけ。そして、知らせる事もできない。どちらにしろ、「闇の書」を封印するしかないのだ。それも、はやてに知られないように。
「言っただろう? あたしたちは、悪魔なんだ」
 ヴィータがさらに一歩、ユーノとなのはを囲む防御壁に近づく。
「悪魔と呼ばれてもいい。はやてに怒られてもいい。はやてに嫌われてもいい! はやてに見捨てられたっていいんだ! はやてになら、殺されたっていいよ! あたしが怪我したり苦しんだりする事だってどうでもいい! あたしが永遠に消えたって構わない! 地獄にだって堕ちてやる! だけど、はやてがいなくなる事だけは、それだけは絶対に駄目なんだっ!」
 グラーフアイゼンが掲げられる。
「はやてとお父さんはっ! 一緒にいなくちゃ駄目なんだっ!」
 カートリッジが装弾され、ヴィータはグラーフアイゼンを振り回すように走る。
「いけっ! グラーフアイゼン! こいつら、ふっとばせっ!」
 ラケーテンハンマー。カートリッジを燃料として加速強化したグラーフアイゼンがユーノのプロテクションを真っ向から殴りつける。
「いっけぇええええっ!!」
 さらにそこから横に流し、再度振りかぶっての二撃目。こんどはさらなる回転をくわえるために攻撃の間隔が開くが、ユーノは動けない。動いたところで有効な反撃は不可能だ。一対一ならまだしも、ここではシャマルと光の目があり、下手に動けない。
「くっ……」
 顔をしかめるユーノ。このままでは防御が無効となるまで時間の問題だろう。さらに、プロテクションを正面から破壊された時の魔力衝撃でしばらくは行動ができなくなる。そうなれば詰みだ。
「ヴィータ、続けるんや」
 光は闇の書を掲げ、その内容にアクセスする。
 ……砲撃……あの防御を打ち砕く砲撃……
 Divine Buster
 光が右腕を上げた。
「行くで……ディバインバスター。シャマル、防御を破壊したら、あの子のリンカーコアを抜いてくれ。連続になってしまうけど、いけるか?」
「光さんが命じるなら」
「頼む」
「はい」
 その動きを見逃すユーノではない。しかし、動けない。
 当初の予定ではクロノと共に動くはずだったのを、なのはの姿を目視して焦ったユーノが先行したのだ。ある意味自業自得ではある。
 それでも、ユーノは悔いない。なのはを守りたいと思った。その想いに嘘も後悔もないのだから。
 ユーノは可能な限りプロテクションを強化する。
 輝きを増すプロテクションに対して、攻撃をくわえるヴィータ。
 タイミングを計るシャマル。
 闇の書にアクセスする光。
 クロノと相対するシグナム。
 秩序を取り戻しつつある武装局員を相手に、息を整えるザフィーラ。
 全員の注意が逸れた瞬間。
 金色にして音速の矢が、天と地を繋いだ。
 無慈悲に振りかざされた死神の鎌が、光を肩から斜に切り裂く。
 自らの噴きあげる血しぶきの向こうに、光は怒りに燃える赤い瞳を見ていた。
 
 その瞳は、フェイト・テスタロッサの瞳。
 
 
 
 
 
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