SS置き場トップに戻る
 
 チンクは目を開いた。
 何も見えない。光のない全くの闇の中、チンクは一人立っていた。
 ……どうして、私がこんな所に
 ……ここは、どこなんだ
 チンクは周囲の雰囲気に気付いた。雰囲気というよりは臭い。
 明らかな異臭、しかしチンクの感覚はこれを知っていた。
 余人なら顔をしかめ、嘔吐すら催す異臭。それは血と肉の匂い。死んで間もない肉体が徐々に放ち始める、不快極まりない匂い。
 漂い始めた死臭に囲まれた世界で、チンクは呆然と立ちつくしていた。
「知らぬふりをしなくてもいいだろう。ここは、お前たちが作った場所じゃないか」
 静かに、抑揚のない声が言う。それは聞き覚えのある声。
「お前たちがこの世界を作ったんじゃないか。ドクターとお前が」
 少しずつ、どこからか光が差し込んできていた。
「トーレとお前が」
 うっすらと見え始める人影。
「クアットロとお前が」
 三つの人影。チンクには、どれにも見覚えがある。
 真ん中の人影は、別の誰かを抱いていた。
 チンクにはわかる。抱かれているのは死体なのだと。
 その男の妻なのだと。
「お前が殺したんじゃないか」
 ゲンヤは言った。クイントの死体を抱いたまま。
「お前が殺したんだ」
 ギンガが言った。
「お前が殺したんだ」
 スバルが言った。
「……父上……ギンガ……スバル……」
 三人がチンクを追いつめるように、半円を描いたまま近づいてくる。
 夢だ。
 これは夢だ。悪夢だ。
 チンクは叫びたかった。夢から覚めたかった。しかし、何かがそれを許さない。
「おまえ、一人だけで逃げるつもりなのか?」
「ひどいのねぇ、チンクちゃんは」
 いつの間にか、両脇をトーレとクアットロが固めていた。
「まったく……。チンク、君はいったいどういうつもりなのだろうね」
 ドクターがチンクの頬を撫でていた。
「我々を裏切り、姉たちを見捨てたあげく、君が勝手に落ち着いた場所。実に面白いよ、君のその選択は。君はすでに、彼らを裏切っているというのに。まさか、君がこれほど厚顔無恥だとは思わなかったよ、チンク。母親を無惨にも殺しておいて、どうしてその娘の姉妹と名乗ることができるんだい? 妻を無惨に殺しておいて、どうしてその男の娘と名乗ることができるんだい?」
「どうして……チンク……」
 ジュニアが泣いていた。
「ジュニア!」
「僕は君を信じていたのに。君も同じだったんだ……」
「私は……私は!」
 ゲンヤがチンクの鼻先にクイントの死体を突きつける。
 クイントの頭がぐるんと回った。
 その姿が変わる。
「助けて……チンク姉……」
 血まみれのノーヴェが白目を剥いた。
「ノーヴェぇえええええっ!!! そんなっぁあ!!」
 
 チンクは叫んでいた。そして目覚める。
 ガリューとディエチが、暴れる自分の身体を押さえつけていた。
「チンク姉、落ち着いて。わかる? ディエチだよ」
「あ、あ、あ、あ……あああっ!!」
 ガリューの拳が、チンクの頬をはたく。そして、肩を掴み揺さぶる。
「……ガリュー……?」
 ガリューはうなずいた。
 チンクはようやく、自分のいる場所、そして時間に気付いた。
 ここはヘリの中。任務へ向かう途中だ。
 そう。待機している間、ついうとうととしていたのだ。
 夢。
 ……戦闘機人である私も、夢を見るのだな……
 それに気付いたときには、単純に嬉しかった。しかし、悪夢の存在を知った今では、夢の時間は拷問に等しい。
「すまん、ガリュー」
「ルーテシアお嬢様も、あの頃は時々悪夢にうなされていた。チンク姉様にはそのときお世話になったから、その恩を返しているだけだ。と言ってるよ」
 オットーがガリューの言葉をチンクに伝える。何故か、オットーにはガリューの言いたいことがわかるらしい。チンクにしてみれば、オットーが適当に言っているだけに見えるのだが、ルーテシアに確認すると間違っていないらしいのだ。
 チンクは時計を見た。
 到着予定時間は近い。どのみち、目覚めておかなければならない時間である。
「大丈夫? チンク姉」
 ディエチの持ってきた水を飲む。
「あの頃の夢は、あたしもよく見るよ。嫌な夢が多いけれど」
「ディエチもか……」
「だけど、夢は夢で現実じゃない。夢に囚われて現実に敗れるのは、愚か者のやることだって」
 チンクは水を飲み干したコップを返し、尋ねた。
「誰が言ってたんだ?」
「ヴァイスさんが教えてくれた」
 ディエチとウェンディは、ヴァイスにそれぞれ狙撃やヘリパイロットについて学んでいる。
「そうか……」
 チンクは再び、外を見た。
「たまには、いい夢を見たいな」
「見られるよ。時が来れば」
「そうだな」
 いい夢を見たい。
 チンクは、痛切にそう願っていた。
 
 
 
魔法少女リリカルなのはIrregularS
第三話
「クアットロの想い ウーノの祈り」
 
 
 
 数年前――
 非常招集を受けたエリオは、キャロとともにミッドチルダへ向かった。
 指定された場所では、すでに完全装備のティアナが二人を待っていた。そして、ヘリに待機しているのはヴァイスだ。
「来たわね。捜査員たちはもう現場に向かってる。私たちも急ぐよ」
「はいっ!」
「ヴァイスさん、お願いします!」
「おう、飛ばすからな、しっかり捕まってろよ!」
 緊急発進したヘリの飛行が安定したところで、ティアナは一同を見渡した。
「エリオとキャロは詳しい話を聞いている?」
「いえ、ただ、元六課フォワードに緊急招集がかかったと言われて、急いでやってきただけです」
「あ、そういえば、スバルさんの姿が……」
「スバルは、ギンガさんと一緒にいるわ。ナンバーズと一緒に、拘禁されてる」
「拘禁って……何があったんですか」
 キャロの悲鳴のような声の質問に、ティアナは落ち着くように身振りすると、ゆっくりと言った。
「……クアットロが脱走したわ」
 
 その、数日前――
 拘置施設の監視係員、キューブは自分の目を疑っていた。
 何があったというのか。
 モニターで離れたところの囚人まで全員監視できるとはいえ、この囚人の担当は、一番近くにいる自分だ。
 インターコムのスイッチを入れる。
「……ナンバー04聞こえるか?」
「はいはーい。感度良好ですわよ」
「質問がある」
「はい、なにかしらん?」
「腹の中に何を詰め込んでいる?」
「お腹? 何の事かしら?」
 キューブは自分が焦っているのを自覚していた。
 なんてこった。それなりの手当付きで簡単な任務。こんな美味しい職務はそうそうないってのに。どうしてこんなアクシデントが。
「腹が膨らんでいるだろう!」
「あらら。またダイエットのやり直しですわぁ」
「ふざけるな! 食い過ぎなんてレベルか!」
 明らかにこの膨らみは妊娠だ。しかし、この囚人は年単位でここにいるのだ。さらに分単位で監視されている。
 いや、まさか……。
 キューブは冷や汗が流れるのを感じていた。
 ナンバー01、03、07も含めて、確かにここで監視している囚人は美女だ。妄想相手という意味ならキューブとて何度抱いたかは覚えていない。しかし、現実となれば話は別だ。
 だが、監視係員はキューブだけではない。交代要員はいるのだ。その内の一人でも、良からぬ考えを起こしていたとすれば?
 キューブは首を振った。
 馬鹿言え。こいつらは人の命を何とも思わない凶悪犯なのだ。それを抱こうとするなんて、命がいくらあっても足りない。簡単な任務というのは、こいつらが脱走しようとしないということが前提なのだ。それに、ここでの会話は全て記録されている。それは係員に関しても同じである。
 ということは、これは妊娠ではないということだ。
 どちらにしても、何故腹が膨らんだかという疑問は残る。
 男の存在が関わるとすれば、監視員が絡んでいるとしか考えようがないではないか。
 いったい誰が……。
 キューブは仲間の顔を思い浮かべる。
 と、キューブは監視モニターの一つに気を取られた。時計を確認するとやはりいつもの時間だ。
 キューブはナンバー04を当面無視することにして、コーヒーメーカーのスイッチを入れた。気を落ち着けるべきだ。04の人を食った性格は良く聞かされている。そして、人を騙すことに快感すら覚える性格だと。
 モニターの中ではナンバー01がコーヒーを作っていた。それにタイミングを合わせるのが、最近のキューブのお気に入りになっていたのだ。
 01はコーヒーを作ると、カップをテーブルに置く。
 彼女は決して、それを飲まない。
 そして、彼女がカップを置くのとほとんど同時に、ナンバー00がカップを手に取り、自分用に支給された安物のインスタントコーヒーを口にするのだ。
 最初は誰も気付かなかった二人の行為。キューブはある日気付いた。これはもしかして、01が00のためにコーヒーを作っているのではないかと。
 二人の間には通信などされていない。タイミングを計ることもできない。それでも、二人のタイミングは見事に一致しているのだ。
 それが十日続いたとき、キューブは自分を納得させた。
 この二人には、余人のうかがい知れない絆があるのだろう、と。
 その後も、キューブの知る限り二人がこの行為について口にすることはなかった。それでも、その行為は続いている。
 ウーノ。
 ジェイル・スカリエッティ。
 キューブは二人の名前を呼びはしないが、覚えている。
 モニターの中のスカリエッティとほとんど同時に、キューブはコーヒーを飲み終えた。不思議と、心が落ち着くのを感じる。
スカリエッティもこんな気持ちになっているのだろうか。
「……ナンバー04」
 キューブは静かに語りかけた。
 囚人ナンバー04、クアットロに。
「あー。つまらない悪戯ならやめた方がいい。どちらにしろ、このことは上に報告するよ」
「……面白くない子ね」
「よく言われる」
「そんな人生つまらないでしょう、せめてお世話になったお礼に、ニュースの片隅にでも出られるしてあげるわ」
 クアットロの言葉は数日後、現実になる。もちろん、キューブにそれがわかるはずもなかった。
 キューブはニュースに登場したのだ。クアットロに殺害された被害者として。
 
 そして、時間軸は戻る――
「スカリエッティのクローン胚が、クアットロの胎内に残っていたの」
 ティアナの言葉でも、エリオとキャロは納得できない。
 あの事件から数年経っているのだ。それまで胚の状態で保存されていたというのだろうか。しかも、クアットロの胎内で。
「そうとしか考えられないわよ。……単なる普通の妊娠のほうが、まだわかりやすかったでしょうけどね」
 監視員の不手際、あるいは暴走。その方があり得る話だ。
「でも、拘置される前に検査があったんでしょう?」
「……幻術を使わせてもらえるのなら、私でも誤魔化せるわ。クアットロなら、なおさらでしょう」
 クアットロのISをエリオは思い出した。
「だけど、ISは封じられていたって……」
「今となってはそれも怪しいと言われているわ。ISに関して一番詳しいのは、私たち拘置した側ではなくて、拘置されていた側ですもの。誤魔化していたとして、いったい誰が気付くの?」
「つまり、脱走自体はいつでもできた?」
「さすがに、事件直後の厳戒態勢では無理だったでしょうけど、喉元過ぎた後は好きなときに脱獄できたと考えるべきかもね」
「残りのナンバーズは!?」
「クアットロの脱走直後にすぐにドクターが声明を出したわ」
 ドクターは事件を知ると、間髪入れずにこう言ったのだ。
「あの子の脱走に便乗する気はないよ。もちろん、君たちの追跡を援護するつもりもないがね。走狗を煮る真似をして六課を失った今の管理局が、クアットロ相手にどれほどのことができるのか、とっくりと拝見させてもらおうじゃないか」
 ウーノはそのドクターの言葉に従う、とだけ。
 トーレとセッテは、今の自分たちの立ち位地を固持する、と。
 上層部は即座に、聖王教会が身柄を預かっていた三名と、ナカジマ家の四人を拘束。スバルとギンガは、それに付き添う形で自ら拘禁室に入った。
 教会側は公式に抗議を表明したが、実際に事件が起きている現状を前にしては、処置を撤回させることは難しかった。
「だから私たちやあなた達が呼ばれたわけ。遠くに行っているから遅れるだろうけど、フェイトさんたちもね」
「わかりました。それで、今の状況は?」
「クアットロはクローンの処置のため運ばれた先でISを発動。姿を消した後に、付き添っていた局員一名を殺害、病院に立てこもっているの。おまけに人質付きよ」
 人質、という言葉でエリオとキャロは顔を見合わせる。
 相手はあのクアットロだ。直接戦闘力としては他のナンバーズに劣るものの、策士としては嫌らしい相手である。それが人質を取っている状況だとすれば、不安を覚えない方がどうかしている。
 しかし、三人の緊張を余所に事件はあっさりと終幕を迎えることとなった。
 クアットロが自殺したのだ。人質を巻き込んで、病院の半分を吹き飛ばして。
「どうして誰も出てこないのぉ!」
 自殺の直前、クアットロの強制介入によって現場のモニターは全て彼女を映し出していた。
「トーレ姉様もウーノ姉様もチンクちゃんもセッテちゃんも、みーんなみーんな、こんなに情けないヘタレちゃんになっていたなんて……クアットロ哀しい♪ 元々最初からお馬鹿ちゃんだったウェンディちゃんやセインちゃん、つまんないディエチちゃんだって、前はここまでお馬鹿じゃなかったし、つまんなくもなかったのにぃ……」
「クアットロ……」
 拘禁室でディエチが呟く。
 事件の概要を知るために、拘禁室のテレビはニュースにチャンネルを合わせてあった。そのニュースも、クアットロのよって強制介入されているのだ。
「……馬鹿だから、あたしらは何も考えずにあんな事をしてたんスよ……」
 ウェンディは地面に座り込んだまま、俯いて顔を上げようともしない。
「ギンガ」
 ディエチが唇を噛みしめるように尋ねる。
「あたしたちは出動できないの? クアットロを止められないの?」
「できるわけねえ。ギンガだって、スバルだって、いざとなったらあたしたちを止めるためにここにいるんだろっ!」
 ノーヴェの言葉をセインが制止する。
「違うよ、ノーヴェ」
「何が違うんだよ……」
「ギンガとスバルがここにいるのは、私たちを止めるためじゃない。私たちを守るためだよ」
 セインの言葉を、チンクが補足する。
「ノーヴェ。ここにいるのが我々だけならどうなっていると思う? 元ナンバーズがクアットロに乗じて反乱を企てていた。それを制止するためにやむなく破壊。そう報告すれば終わりだ。誰も疑う者はいないだろう」
「チンク姉……」
「スバルとギンガがいる限り、そのシナリオはあり得ない。我らが起こしてもいない反乱によって処理されることはない。そういうことだ」
 静まりかえる拘禁室。
 テレビの中では、クアットロの演説が続いていた。
「そしてドクター! 貴方にも失望しましたわ! ドゥーエお姉さまを追悼ですって? 何故、仇を取ろうとしないのですか。貴方の娘を、私のお姉さまを殺したのは、六課を率いた八神はやての手の者だというのにっ!」
「クアットロ。その物言いが、戦いに敗れた私たちをさらに貶めているのだと言うことがわからんのか……」
 トーレも同じく、モニターに向かって呟いていた。
「クアットロ。貴方も結局、戦士ではないのですね……」
 そしてセッテも。
 クアットロの演説は続いた。六課を、そしてナンバーズを次々と弾劾し、偽善者と罵り臆病者と誹る。
 そして最後に、
「さすがに、クアットロ一人で世界がどうにかできるなんて、そこまでお馬鹿じゃないんですから。だけどこんなふざけた世界、さよならですわ」
 演説が終わると同時に、全ての映像はカットされた。
 その二秒後、爆発が起こったのだ。
 
 遺体は四散していたが、間違いなく戦闘機人のものだった。
 個体判別こそ事実上不可能だったが、どう考えてもクアットロにダミーの遺体を準備する余裕があったわけもなく、四散したそれはクアットロのものだと公式に発表されることとなる。
 フェイトを筆頭に元六課メンバーは公式発表に異を唱えたが、ダミーの遺体の存在を説明できる者は誰もいなかった。
 そして管理局上層部は判断する。
 遺体がダミーでなければ、その遺体は本物と判断するしかない。そして何よりも、クアットロが逃げ延びたとするならば残す訳のないものが現場には残されていた。
 ジェイル・スカリエッティのクローン。今のジュニアである。
 ジュニアには徹底した、ある意味では虐待とも言える検査が行われた。それでわかったことは三つ。
 ジェイル・スカリエッティの記憶は一部保有。
 ジェイル・スカリエッティの意志は保有せず。
 自らがジェイル・スカリエッティだという認識は非常に薄く、別個体としての人格を付与されている。
 多数の心理学者による膨大な量のプロファイルが積み重ねられた結果、ジュニアはスカリエッティのクローンと言うよりも、一部遺伝子を受け継いだ別個体と考える方が妥当であるという結論が出たのだ。
 本来なら、後継者としてのクローンはこのような形で生まれるのではない。主であるスカリエッティの死を確認した後、しかるべき処置を受けて生まれるのである。
 しかし、スカリエッティに失望したクアットロはスカリエッティのクローンではなく、スカリエッティの能力を受け継いだ別個体を望んだ。
 結果として、ジュニアはスカリエッティのクローンではなく息子とでも言うべき個体となった。
 その後、ジュニアに対する処置は紛糾した。
 最終的に、事件直後のナンバーズに準ずる形で更正施設預かりとなったのである。そして現在、紆余曲折の末、遊撃隊の一員となっている。
 もっとも遊撃隊入りは、エリオやルーテシアに言わせれば「厄介者を一カ所に集めて処理しやすくしただけ」ということなのだが。
 
 そして、今、エリオは新たな厄介者の登場に頭を痛めていた。
 
 その厄介者を前にして、エリオは椅子に座り、横に立つジュニアに話しかけている。
「……よりによってこのタイミングで…」
「戦力アップと思うしかないですね」
 ジュニアは事実上の参謀格でもある。前線にこそ出ないが、ルーテシアがいないときはエリオの副官ポジションだ。
「……こういうときは前向きだな、君は」
「他人事ですから」
「……嫌な性格は父親に似てるって言われたこと無いか?」
「言われたことないですね」
 エリオは、掲げていたヴィヴィオのプロフィール書類をデスクに置いた。
「……確かに、ここが一番妥当だな。ヴィヴィをまともに取り扱うのはここくらいだろうし……問題と言えば、オットーやディードが未だに陛下って呼ぶことくらいだな」
「ポジションはどうします? 母親と同じく砲撃魔道師志望ですけれど」
「訓練はディエチかウェンディにつけるしかないだろうな。ウチの砲撃特化ポジションは二人だけだから」
「ディエチを薦めます。ディエチは彼女に個人的な思いがあるようですから」
「なるほど。……本人の希望は?」
 ようやく水を向けられ、ヴィヴィオ・高町訓練生は姿勢を正す。
「ディエチ二等陸士を希望します」
「……わかった。平時はディエチ二等陸士付きの研修生とする」
「平…時?」
「現在は非常態勢下である。よって、当面の所属は主任研究員ジェイル・スカリエッティ・ジュニア付きの研修生とする」
「ええっ!」
 叫んだのはヴィヴィオではなくジュニア。
「隊長! ちょっと待ってくださいよ」
「異議は認めない」
「ヴィヴィオ・高町訓練生、了解しました。ただいまより、ジェイル・スカリエッティ・ジュニア付き研修生として勤務します」
「ほら、ヴィヴィオは了解してる。ジュニアよりよっぽど大人だ」
「絶対楽しんでる。顔が笑ってるもの……なのはさんそっくりですよ……」
「それは初めて言われたな」
 
 フェイクマザーを追うルーテシアたちは、破棄されたラボに侵入していた。
 廃棄されたラボは、天然の地下洞窟にあった。
 明かり代わりに、オットーがレイストームを周囲に展開させている。自然の落盤や待ち伏せにあったときの盾代わりとしても利用できるので、この手の作戦の場合には有効に活用されているのだ。
 先頭はオットーとガリュー。殿をチンク。真ん中にはルーテシアと、イノーメスカノンを抱えたディエチ。
 ちなみに、現在のイノーメスカノンはジュニアの改良でデバイスのように小型化して持ち運びができるようになっている。今は、奇襲に備えて構えているが。
 洞窟の入り口からは、ルーテシアが召喚したインゼクトを点々と配置している。道に迷う心配はない。いざとなれば、ルーテシアの転送魔法で脱出する。
 メンバーがメンバーなので、無駄口を叩く者はいない。静かに一行は進んでいく。
 ルーテシアは、エリオのメンバー選択について考えていた。
 単なる侵入作戦であればセインが一番適役なのだが、今回はすでに放棄されたらしき拠点である。隠密に侵入する意味はほとんど無い。
 そして判断力という意味では、チンクとオットー、ディエチの存在は大きい。三人とも、猪突猛進とはかけ離れた性格だ。
 そしてガリューは勇猛果敢だが、決して猪武者ではない。
 そう考えると、順当なメンバー構成だ、とルーテシアは思った。
 強いて言うなら、発見したものを即座に解析できるジュニアを連れてくるべきだったかもしれない。しかし、ジュニアには戦闘能力は皆無だ。侵入するのはある程度安全を確保してからのほうがいい。
「……登り坂が長すぎるね」
 オットーの呟きに、ガリューは遠くを見通すように背伸びした。視力そのものは戦闘機人に劣るが、召喚蟲としての感覚は闇の中では視力以上のものを発揮する。
 もっとも、今のガリューはルーテシアの召喚蟲ではない。
 ルーテシアが遊撃隊に入って一ヶ月後、ガリューがルーテシアに召喚蟲としての使役を解除してほしいと申し出たのだ。
 このとき、そこにいた全員が驚いたことにルーテシアはいきなり泣き出した。まるで、父親とはぐれた幼い女の子のように泣き出した。
 事情を知ったオットーがエリオやフリードとともに説得しようとすると、今度はガリューが驚くべき事を言い始めたのだ。
「……フリードは召喚竜じゃない、って言ってる」
 オットーの通訳に首を傾げる一同。
「……ヴォルテールや白天王とは違う、って言ってる」
「もしかして、召喚された状態ではなく、完全にこの世界で生きていきたいって言うのか」
「……それがルーテシアのためなら、って言ってる」
「だからって、使役を解除って、具体的にどうするつもりなんだ」
「……いったん故郷に戻って、今度は召喚されるのではなく、自力でこの世界に戻ってくればいいんですよ」
 ジュニアの言葉にうなずくガリュー。
「待て。その理屈だと、地雷王や白天王だって……」
「地雷王は知性がないし、白天王はこの世界で生きていくことを由としないと思いますよ」
「ジュニアの言うとおり。世界が違いすぎる」
 ルーテシアは涙を拭くと、ガリューに向き直った。
「ガリュー。ここは貴方の世界じゃない。私のために貴方の全てを渡す必要はないの。貴方が戻りたいときは、いつでも戻っていいの。私は、貴方をただの召喚蟲と思ったことなんてない。貴方は私にとって、兄であり、親友であり、守護騎士だから」
「シグナムたちがはやてさんの傍にいることを認めるのなら、自分がお嬢様のそばにいることも認めて欲しい。どこが違うというのだ。だって」
 オットーは周りの者のために通訳しながら、自分もそう思う、と言いたげにうなずいていた。
「ルーテシア。ガリューの言うことももっともだ。認めてやったらどうだ? それに、召喚蟲でなくなってもガリューはガリューだ。そうだろ?」
 それほど時間はかからず、ルーテシアは折れた。
 ガリューの故郷はかなりの秘境で、戻って来るだけで二日ほどかかる。そう言ったところ、異常に興味を示したのがウェンディとセイン。
 二人が強引にルーテシアとガリューについていくことになり、休暇を取った一行はガリューの故郷を訪れた。ちなみに、ルーテシアの魔法で送っても良かったのだが、いい機会だからと休暇旅行にしてしまったのだ。
 二日後、何があったのかガリューに連れられて半泣きで帰ってきたウェンディとセイン。ルーテシアはガリューの故郷を満喫したとご満悦の様子。
 それ以来、ウェンディとセインはガリューとルーテシアに頭が上がらないらしい。
 
 ガリューの合図を、ルーテシアは全員に伝えた。
「外へ通じているわ」
「どうやら、仕掛けの類はないようです。中を調べるのは急ぐ必要はないようですね」
 チンクの言葉に賛同してうなずくガリュー。
「ディエチ、お願い」
「わかったよ。……ISヘビィバレル」
 ディエチの砲撃能力に連動した観測能力が起動する。そのまま、ディエチは辺りを見回した。
「やっぱり、何も見えない」
 ガリューの感覚とディエチの観測。二者で何も見えないのなら、残りのメンバーではどのみち発見できないだろう。
「いったん外へ出ましょう。前方警戒」
 隊列を入れ替え、先頭にチンクとガリュー、殿がディエチになる。
 レイストームの輝きが必要のないほどの明るさになり、やがて、一行は慎重に外へ出た。
 何もない。ただの山の麓。周囲は開けていて奇襲される心配はない。
 再び、ディエチが観測を開始する。
「何もなければ戻って…」
 言いかけたルーテシアをディエチが遮った。
「接近してくる。二つ…いや、三つ」
「特徴は?」
「……見たことある……………そんな……」
 ディエチの口調にチンクが顔をしかめた。
 普段のディエチの口調ではない。
 ルーテシアが重ねて尋ねると、ディエチが応えた。
「砲撃が来るっ!」
 咄嗟にシールドを貼るルーテシア。直後に衝撃。凄まじい魔力砲撃がルーテシアの魔力防御を瞬時に崩壊させていく。
「嘘……支えきれないっ!? 逃げてっ!」
 散開する一同。保持されなくなったシールドが破壊される。
 ディエチにしか見えない距離から、ルーテシアのシールドを破壊する砲撃。チンクの知る限り、そんなことができるのは二人しかいない。
 一人はディエチ。
 そしてもう一人………
「ディエチ! 何を見たんだ!」
 答えようとしたディエチの身体をガリューが抱えて飛んだ。
 その場所を空振りする刃。
 チンクは見た。超速で飛来した金色の姿を。
「空!」
 ルーテシアの叫び。
 見上げた空には、六枚の翼を持つ漆黒の魔道師が。
「な……な……」
 チンクは自分が震えるのを感じていた。
「なんで……」
 全てを複製するロストロギア、フェイクマザー。チンクはその言葉の意味を思い知る。
「逃げても無駄やで」
 漆黒の六枚の翼の魔道師の隣に並ぶのは、
「逃げても追うから、問題ないよ?」
 金色の髪をなびかせ優雅に舞う、黒尽くめの死神と、
「わざわざ追わなくてもいいよ。私が撃ち落とすから」
 白のバリアジャケットに身を包む、最強の砲撃魔道師。
「はやて・ナカジマ……フェイト・テスタロッサ・スクライア……高町なのは……」
 知らぬ者のない三人がいた。
 誰も見たことのない、邪悪な笑みを浮かべて。
「というわけで、さっさと死んでくれるかな、そこの五人」
「違うよ、なのは。虫けらがいるんだから、四人と一匹だよ」
「ちゃうちゃう。虫けらどころかジャンクまでおるよ。一人と一匹、それから三台やよ」
 
 ラボに案内されたヴィヴィオは、時計を確認した。とりあえず落ち着こうというジュニアの提案で、今はお茶を飲んでいる。
 目の前では、ジュニアも。
 そして今は、いつもの時間。
 以前、なのはの元を訪れていたディエチと鉢合わせしたときに聞いた話。
「何故か、ジュニアは毎日同じ時間にコーヒーを飲む癖がある」
 それを目の当たりにしたヴィヴィオは妙な感心をしていた。
「やっぱり、この時間なんだ」
「ん? このコーヒー? ……ディエチさんに聞いたんだ?」
 ヴィヴィオに出会うのも話すのも、ディエチの可能性が一番高いとジュニアにはわかっている。
「何故だろうね。しばらく前から、この時間になるとコーヒーが飲みたくなるんだ」
「不思議だね」
「うん。不思議だ」
 
 ウーノはコーヒーを準備した。
 確認したことはないが、確信している。
 ドクターがこの時間にコーヒーを飲むことを。
 コーヒーメーカーをセットしながら、ウーノは考えていた。
 これほどの満ち足りた時間など、これまでにあっただろうかと。
 自由など、いかほどのものでもない。
 制覇など、どれほどの価値もない。
 ただ、ドクターとの時間を共有できる。それが喜びだった。
 ……クアットロ、貴方にもこの時間を共有できる人がいれば……
 ウーノはただ、祈っていた。
 この時間がいつまでも続くことを。
 
 ウーノもドクターも、そしてジュニアも知らない。
 この時間にコーヒーを飲みたくなる男がもう一人、この世に存在していることを。
 
 
 
 
 
  次回予告
 
フェイト「うざいよね、あいつら」
なのは「うん、悪人のくせにね。更正? なにそれ」
はやて「死刑で良かったんや、あんな連中」
フ「ホントホント、税金の無駄だよねぇ」
な「今から殺しちゃおうか」
は「ええ考えやね、そしたら、行こか」
 …………………
ヴィヴィオ「あれ? 今の、誰? 次回、魔法少女リリカルなのはIrregularS第四話『悔い改めよナンバーズ』 僕たちは進む IRREGULARS ASSEMBLE!」
 
 
 
 
 
なかがき
 

第二話に戻る          第四話に進む

 
 
SS置き場トップに戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送