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 マリアージュ事件の終結後、ヴァイス・グランセニック宅をエリオは訪れていた。
 訪れた理由を話すエリオに、ヴァイスは心底不思議そうな顔をしている。
「あー。話はわかった。よくわかった。よくわかったが、お前の言っていることはわからん」
「お兄ちゃんが訳のわからない事言うから、エリオさんが困ってるよ」
 たまたま同席していたラグナが、エリオにお茶を出しながら助け船を出した。
「ラグナ、お前は黙ってろ。これはな、男と男の会話なんだ」
「またそういうこと言って誤魔化そうとする」
「誤魔化しじゃねえって」
 いつまで経っても終わりそうにない兄妹のやりとりに、エリオは焦れてそっと言う。
「あの、それで…」
「あ、すまん。こいつが余計なこと言うから」
「余計なこと? そんなこと言うなら、もう掃除も洗濯もご飯作りもしてあげないよ。ティアナさんもアルトさんも、この前お兄ちゃんが大ポカやってから、もう二度と来ないって言ってたんだからね」
「だから余計なことをっ!」
 慌てるヴァイス。
「大ポカって何ですか?」
「ダブルブッキング。お兄ちゃんたらね、二人と同じ場所同じ時間で待ち合わせしちゃったのよ。信じられる?」
「うわ……」
 気をつけよう、と肝に銘じるエリオ。キャロとまだ結婚していなかったこの頃のエリオにとっては、ヴァイスの二股失敗は他人事ではなかったのだ。
「……話を戻していいか?」
 あくまで笑顔のヴァイスに、気押されたエリオは頷いた。
「だからな、エリオ。お前の言いたいことはわかる。しかし、何で俺の所に来たかがわかんねえ」
 指を折って数え始めるヴァイス。
「シグナム姐さん、フェイトさん、なのはさん、ヴィータ。スバルやティア、いや、ディードやノーヴェ、チンクだって、お前さんの頼みなら嫌とは言わねえと思うんだが?」
 少し考えて、
「うん。ガリューってのもいたな。ザフィーラの旦那だっている」
 さらに一人で勝手にうなずいて、
「後の二人はおいといて、こんだけの美女美少女からよりどりみどりで教えを請えるって、俺が替わって欲しいくらいだぞ、おい」
 ラグナの冷たい視線にもめげず力説するヴァイス。
 強くなりたい。それがエリオの望みだという。それはわかる。男として、戦士としてエリオの望みは万国共通のものと言っていいだろう。
 しかし、だとしたら何故、自分の所に来たのか。それがヴァイスにはわからない。
「そもそも、俺の魔道師ランクなんざ、たかが知れてる」
「魔道師ランクとか、そういうものじゃないんです。僕は、一人前の男として強くなりたいんです」
「クロノ提督でも、ユーノ司書長でもいいと思うが」
「僕が、一番かっこいいと思った男の人ですから」
 エリオは真正面から斬り込むように断言した。
「お……」
「あ、お兄ちゃん、照れてる」
「ラグナ、お前ッ!」
「エリオさん。私が許可します。お兄ちゃんが断っても、私が許すから。お兄ちゃんが断ったら、私が許さないから」
「ありがとうございます」
「お前ら、勝手に決めるんじゃねえって」
「お兄ちゃんに拒否権はありません」
「おいおい……。なあ、エリオ、妹に虐められるって、一人前の男だと思うか?」
「女の人には譲るのが男だって、フェイトさんに教えてもらいました」
「……あ、そ」
 
 
 
魔法少女リリカルなのはIrregularS
第六話
「エリオの偽善 ルーテシアの高慢」
 
 
 
 静かな場所だった。
 自然あふれる森の中の一角。その開けた場所、森の木々か吹き抜けのように茂っている空間に、一つのテーブルがセットされている。そして、そこに向かい合って座っているのはキャロとローヴェン。
 キャロの前に茶と菓子が置かれる。
 置いたのは、キャロの世話役としてあてがわれている戦闘機人だ。顔を見る限り、セッテタイプであることがわかる。
「同じ顔の人ばかりね。クローン?」
「いや、ただのコピーミス連中だよ。最低限の指示はこなせるので、数匹は始末せずに飼っているだけのことだよ」
 ローヴェンの説明にキャロは首を傾げた。
「コピーミス?」
「そうだよ」
「もしかして、貴方もコピーミス?」
「見てわからないかい?」
「わかりますよ。貴方の中身がエリオでないことくらいは」
「確かに。僕はある意味エリオ以上だからね」
「人の中身に上も下もありません」
「あるとも。知力気力能力、呼び方は様々であるにしろ、上質な中身と下等な中身には歴然とした違いがあるんだよ」
 キャロは、ローヴェンの後ろに従っている女性に視線を移した。
「どうして、ハーヴェストがここに?」
「彼女の意志だ」
「意志があるの? だったら、コピーではないのね」
「彼女はオリジナルの戦闘機人だからね」
 彼女はコピーではない。つまり、新たなタイプの戦闘機人を作り出す技術の持ち主がローヴェンの近くにいるということだ。あるいは、かつてスカリエッティが隠していたナンバーズなのか。
「ハーヴェストは、ナンバーズを“刈り取る”ための戦闘機人だよ」
「ナンバーズよりも強いんですか?」
「言うまでもない」
「ローヴェン、お茶の時間です」
 ハーヴェストがローヴェンの前にカップを置いた。
「なぜだか知らないけれど……」
 ローヴェンはカップを手に取った。
「この時間になると、お茶が欲しくなる」
 そしてキャロに、カップを取るように促した。
「お茶ぐらい、つきあってくれてもいいんじゃないかな?」
「断れば、次は手を折るんですか?」
「頑なだね」
 ローヴェンは一口飲んで、すぐにカップを置く。
「この数日は、君に危害など加えていないと思うけれど」
 キャロはカップを取った。
 ここに連れられてから数日が経過している。
 ローヴェンの言うとおり、ここに連れられてきてからは暴行の類は一切受けていない。丁重と言ってもいい扱いだった。
 折られた足も、高いレベルの治療を受けている。放っておかれているということはない。世話役も礼儀正しい者が数人ついている。ただし、世話役が全員同じ顔の戦闘機人というのはぞっとしない。
 セッテタイプ、ノーヴェタイプ、ディエチタイプ。三種類の顔しかないのだ。
「では、そろそろ日課の時間かな」
 決まった時間に、キャロは映像記録を作ることを求められる。
 自分の近況をエリオに伝える映像を作らされるのだ。ローヴェンの話では、エリオの部隊にキャロの無事を知らせるためだけに送られているとのことだが、当然それを確認する術はない。しかし、どちらにしろキャロには映像記録を断る理由がないのだ。
 話している途中で邪魔をされることはない。もし映像が加工されているとしても、いや、加工するつもりならキャロに喋らせる必要はないのだ。ただキャロを普通に写すだけでいくらでも誤魔化すことはできる。
 だから、キャロは素直に映像記録を取った。そしてその中でキャロは真実だけを話す。
 自分がエリオのクローンに捕らえられていること。
 両足を折られたこと。
 その後の待遇自体は悪くないこと。
 戦闘機人のコピーに囲まれていること。
 新しい戦闘機人が一人だけいること。
 捕らえられた場所はわからないので伝えようがない。
 逃げだそうにも両足はまだ治っていない。
 ヴォルテールは召喚できない。
 召喚しようとすると激痛が身体に走る。そんな仕掛けの首輪をつけられている。
 それでも、毎日記録していては言うことなどなくなっていく。
「きちんと毎日記録して、君が無事であることを伝えないとね」
 その証拠にと、その日のミッドチルダで放送されたニュースの内容を言ってみせる。古典的だが、確実な確認方法だ。
「それから、少し遅れたけれど君に伝えることがある」
 ローヴェンは、その日のニュースに目を通すキャロに言った。
「ニュース種にはなっていないようだが、ウェンディとガリューが死んだよ。死因はSLBだ。僕たちの頼もしい味方、なのはさんが殺してくれたんだ」
 キャロは無言でローヴェンをにらみつける。
「……嘘だと思っているんだろ。いずれ、証拠を見せてあげるよ。そこに、死体を並べてあげるよ。戦闘機人、蟲、クローン。君とルーテシアに捧げるオブジェだ。それで足りないなら、聖王陛下や守護騎士、融合騎に幻影使い、第97管理外世界の人間もおまけしよう」
 だから、今日の映像にテロップを一つ付け加えた方がいい。とローヴェンは勧め、例を挙げる。
「『ルーテシア、次は誰が死ぬ? スバルか? チンクか? ジュニアか? それとも、お前が寝取った男か?』………いいな、これ。よし、ハーヴェスト、準備してくれ」
「かしこまりました」
 立ち去るハーヴェストを見送ると、ローヴェンは思い出した仕草で自分の頭を叩いた。
「ああ、そうだ、キャロ。いいことを教えてあげようか。コピーなのはさんたちのことなんだけどね……」
 
 予期せぬ来客に、エリオは戸惑っていた。
 来客自体は想像の範疇である。いずれは来るだろうと思っていた。だが、まさかこの人が来るとは思っていなかった。
「久しぶりだな、エリオ」
「はい。まさか提督が来られるとは思いませんでしたが」
「そう硬くなるな。君から見れば伯父さんみたいなものだ。君はフェイトの息子みたいなものだからな」
 クロノ・ハラオウンはにこりともせずにそう言うと、来客用のソファに腰掛ける。
「報告は全て見せてもらった。ひどい話だな」
「自分の指揮経験不足が原因です。隊員たちは全力を尽くしました」
「そうじゃない」
 クロノは五月蠅そうに手を振った。
「向こうの戦力、フェイクマザーの性能の話だ」
 それで、とクロノはエリオの顔を正面から見据えた。
「正直な話、どうなんだ」
「初手は不覚でした。高町特佐、スクライア特佐、ナカジマ特佐のコピーが出てきたのは予想外でした。しかし、対策は立てています。同じ手は通じません。また、コピーという意味では向こうに三人以上の敵がいるとも想像できません」
「それは、君の意見だな。データとしての事実が欲しい」
「できる者に説明させます。同席よろしいですか?」
「アルピーノ三尉か?」
「いえ、スカリエッティ・ジュニア主任研究員です」
「……そうだな。ここに来るときから覚悟はしていたつもりだったが……。呼んでくれ。ああ、それからもう一つ」
「なんでしょう?」
「エリオ、もう少しざっくばらんに話してくれ。肩が凝ってしょうがない」
「もう年ですよ、伯父さん」
「毒舌までユーノに伝染されたか」
「俺の毒舌は貴方譲りだと、フェイトさんには良く言われてましたよ」
「あいつは人を見る目がないんだ。結婚相手を見ればわかるだろ。まったく、なのはがもっと上手くやっていればな……」
「少なくとも、引き取る子供を見る目はあったと思いませんか?」
「キャロのことなら、イエスだな。もう一人の生意気なガキのことなら、大失敗だ」
「一部隊を率いるまでになったのに?」
「しょげ返って背中を丸めて座り込んで泣いている、と聞いたから、笑いに来たつもりだったが」
 言葉とは裏腹に、クロノの目は優しい。
「復活が早いな。もっとも、まだ座り込んでいたら蹴り飛ばしてやるところだ」
「復活した訳じゃありませんよ」
 エリオは素直に言う。
「ただ、こういう時のコツを、師匠に聞かされているんです」
「シグナムに?」
「もう一人の師匠ですよ」
「フェイト……じゃないな。初耳だぞ、誰だ?」
「ヴァイスさんですよ」
 エリオはクロノにそう言いながら、思い出していた。
 
「嘘をつけ」
「嘘……を?」
 ヴァイスの言葉にエリオは顔をしかめる。
「自分に嘘をつくんだ。今の自分より、少しはましな自分だと思って。一のことができるなら、二のことができると言え。十の力があるなら、二十の力があると言い切れ。嘘をついて、自分を強く見せろ」
「でも、それって」
「いいんだよ。嘘で」
「でも、すぐにバレちゃうじゃありませんか」
「バレなきゃいい」
「そんな無茶な」
「バレないように頑張るんだよ。そうすりゃあ、いつの間にかそれが本当になる。十の力が二十の力になってる」
 ヴァイスは両手を降参のように上げた。
「そうなったら次は、五十の力を持ってるって嘘をつけ」
 手を下げる。
「いつの間にか、百の力持ちになってるぜ?」
 何か言いかけるエリオを手で制するヴァイス。
「少なくとも、俺はそうやってきた。ま、どうしても越えられない壁はあったけどな。鍛えることができる部分は鍛えることができる。鍛えることができるのなら、自分の嘘に近づくこともできる。違うか?」
「嘘に……」
「嘘って言葉に抵抗があるなら、『理想』って言い換えてもいいじゃないか」
 
「僕……俺は、嘘つきになることにしたんです」
「その言葉遣いも、その一環なのか」
「そういうことです」
「……フェイトが真剣な顔してな、『どうしよう、お兄ちゃん、エリオが不良になっちゃった』と、相談に来たんだぞ」
「あ、あー。そんなこともありましたね」
「まあ、いいだろう。強くなる方法なんて、人それぞれだ」
 そこへ、ジュニアがディエチとヴィヴィオを伴って現れる。
「失礼します。……クロノ提督!?」
「あ、クロノさん」
 ヴィヴィオにとっては近所のおじさん的存在だが、エリオに呼ばれたとしか聞いていなかったジュニアは、慌てて敬礼をし直す。
「直に会うのは初めてだ、ジェイル・スカリエッティ」
 ディエチが一歩前に出た。
「失礼ですが、ジュニアをお忘れです、提督」
「君は……ディエチか」
「初めまして」
「艦に乗っている状態では、一度会っているな」
「え?」
「君がゆりかごに乗っていたとき、僕はクラウディアに乗っていた」
 ディエチは何を言っていいかわからず、ただうなずいた。
「さて、エリオ。彼らを同席させた理由を聞こうか」
「ジュニアは一流の科学者ですよ。特に解析能力に優れた才能の持ち主です。ディエチとヴィヴィオは彼の助手とでも思ってください。今現在の敵陣営について、彼の解析結果を説明してもらいます」
「わかった、説明を聞こう」
 エリオに説明するためにあらかじめ準備していた資料を、ディエチが広げる。
「まず、敵陣営の目的と主犯格は不明です。今のところ最も主犯格である確率が高いのはエリオローヴェンですが、確定はできません。そもそも彼を作った黒幕がいるはずです。続いて、敵陣営の戦力ですが、現在わかっている限りでは主力はコピー戦闘機人、同じくコピーのなのはさん、フェイトさん、はやてさんです」
 フェイクマザーの性能はすでに報告されている。
「しかし、フェイクマザーによる戦力の水増しには重大な欠点があります」
 ジュニアは先だっての戦いで回収されたコピー戦闘機人のデータを出した。
「まず脳ですが、自我を司る部分の発達が著しく遅れているんです。いや、わざと未発達のまま置かれているといった方が正しいでしょう」
「自我が弱い、という解釈でいいのか?」
「はい。具体的には、単体行動には向きません。あくまでも集団の一部としての行動に限定されると言うことです」
「……つまり、集団戦闘でない、突出した個人による個別撃破には対応しきれない、ということか」
「はい。その意味では僕たち遊撃隊が有利です」
「なるほど。しかし、コピーなのはたちはどうだったんだ?」
 ジュニアは新しいデータを示す。
「完璧なコピーはコピー元と同時に出現できません。精神的に干渉し合い、脳が自壊します。念話が使える魔道師ならさらにその可能性は高まります。同時に出現させるなら、互いの定義をずらすしかありません。僕と父のように、擬似的な親子関係を作り上げるのが一つの方法です。あるいは、精神的に別の存在にしてしまうか、戦闘機人たちのように自我を抑え込むか」
「なのはたちには二つ目の方法を使ったのか」
「そのようです。しかし不十分な方法です。コピーたちの精神状態は不安定で、味方への被害を何とも思ってません。戦力としても不安定すぎて、殲滅戦にしか使い道がないんです」
 エリオの眉がひそめられるのを見て、ジュニアが説明を一旦止めた。
「隊長? どうかしましたか?」
「いや、なんでもない……ちょっと、嫌なことを思い出してね」
 
「コピーのなのはさんたちは、殲滅戦専門だよ」
 殲滅戦にしか使えない。
 どこかで聞いた言葉に、キャロは全身が闇に覆われるような感覚を覚えていた。
「クローンというのは、僕が言うのも何だけど色々厄介だからね」
 ローヴェンは大袈裟に肩をすくめる。
「……息子がクローンだと知られて、捨ててしまった連中もいたね。うん、懐かしいよ」
 キャロ? と語りかけながら、ローヴェンはキャロの頬に手を置いた。
「娘がクローンだと知って、捨てる親もいるかもね。部族の掟とか、有りもしない理由をでっち上げて」
「私は……」
「クローンじゃない?」
 キャロは顔を上げる。
 ローヴェンは笑った。
「根拠はあるのかい? むしろ君がクローンであれば、理由がつくんだよ。何故フェイトさんは君を拾ったのか。いや、君を選んだのか。もう一人選ばれたのがエリオだということを考えれば、とってもわかりやすいと思わないかな?」
「……違う。私は……」
「何が違う? それじゃあ、フェイトさんはどうして君を拾ったの? 君を選んだ理由は?」
 キャロには答えられない。理由はあるのだろう、いや、あるに違いない。しかし、その理由とは……
 しかし、一つだけははっきりさせておきたいことがある。
「私は、クローンじゃない」
 うなずくローヴェン。
「そう、クローンじゃない。クローンじゃないんだ。うん、そうだよ、君はクローンじゃない。安心したかい? 引っかけてごめんよっ! 君はクローンじゃないんだよ!」
 嬉しくてしょうがない。ローヴェンは笑っていた。事実、嬉しいのだ。次の瞬間のキャロを想像するだけで。
「エリオ・モンディアルとは違う。君は真人間だ」
 その瞬間、キャロの中でいくつかの事実が繋がった。
 これは罠。ローヴェンの罠。でも、自分の想いもまた事実なのだ。
 クローンだと言われ、否定したこと。
 クローンでないと言われ、安堵したこと。
 キャロは、青ざめた。
「君も心の中ではクローンをどう思っているかという事だね」
「あ……あ…………」
「最低だな。君の本性がよくわかったよ」
 ローヴェンにこづかれ、キャロは座っていた椅子から落ちた。両足が補助具で固定されているのだ。体勢を崩せば落ちるしかない。そして、泣いていた。
 拉致されて初めて、キャロは泣いていた。自分の情けなさに。自分への怒りと、エリオへの申し訳なさに。
「最低な女だよ、君は。夫であるはずのエリオに対して、そんな優越感を持っていたわけだ。自分はクローンではなく真人間だと。クローンのような亜人間とは違うのだと」
 キャロは周囲の気配に顔を上げる。
 コピーが全員、エリオの後ろに並んでいた。
「彼女たちは、もう君の世話はしたくないそうだ。仕方ないね、君のクローンに対する蔑視は、すなわちコピーに対する蔑視でもある。腹黒い君の世話など引き受ける者はいないよ」
「違うっ! 私は……!」
「エリオも、どこかで気付いたんじゃないかな」
 ローヴェンは一歩、キャロから離れた。
「ルーテシアには、そんな感情はなかっただろうからね。君と違って、ルーテシアは優しい子だよ。君のように外面を繕ったりはしないから誤解されやすいけれど。君とは違う。ルーテシアはクローンを嫌がったりはしないよ」
「ルーちゃんが……?」
「僕なら、ルーテシアを選ぶよ。君に、騙されたりはしない」
「騙してなんて……」
「クローンに生まれなくて良かった。そう言ったのは君だ」
「言ってない! 言ってな……」
「でも、そう思ったんだろ?」
 静かに、断固とローヴェンは言う。否定は許さない。口調に込められた殺気が、キャロの口を閉ざす。
「最低だ。君は」
 これでもう話す事はない。それを宣言するかのようにテーブルを倒す。
 何も言わず振り返り、歩いていくローヴェン。その背後をコピーたちが、そして最後にハーヴェストが付き従う。
 
「現在の状況はわかった。一つだけ単刀直入に聞こう」
 クロノはジュニアの説明を聞き終えると、首だけでエリオに向き直る。
「勝てるのか?」
「勝ちます」
 エリオは言下に答えた。しかし、クロノは顔をしかめる。
「それもまた、嘘じゃないだろうな」
「勝てば、嘘じゃなくなりますから」
 確かに、コピー戦闘機人相手なら充分な勝算がある。オリジナルナンバーズの方が強いだろう。
 問題はコピーなのは、フェイト、はやて、そしてエリオなのだ。
「それに関しては、逆にこちらから提督にお願いしたいことがあります」
 ジュニアの問いをクロノは制止する。
「ちょっと待った。先にこちらの用件を片づけた方が良さそうだな。まさか、提督直々に戦況を聞きに来ただけだと思っているのか?」
 顔を見合わせる一同。言われてみればもっともだが、クロノの公式の用事は戦況の確認だと全員が勝手に思いこんでいたのだ。
「いくらなんでも、それはないだろう。第一、それなら僕じゃなくてはやての出番だ」
 クロノは一枚の紙を取り出した。
「命令だ」
 エリオは受け取って一瞥すると、命令書を叩きつけかねないそぶりで立ち上がった。
「……こんなの、はいそうですかってあっさり受け取ると思ってるんですか」
 今にも怒鳴りつけそうなエリオの視線を巧みに外しながら、クロノは涼しく言う。
「思っていないから僕が来た。落ち着け、その命令書は条件付きだ」
 エリオは再び命令書に目を通す。
「……拒否権は一応あるんですね。命令というより打診ですか……ちょっと待ってくださいよ、これ……」
 堪らず、ヴィヴィオがジュニアを肘でつく。
「わけわかんないよ、ジュニア」
 いくら怖い者知らずのヴィヴィオでも、命令書を隊長の手から奪うのは躊躇するらしい。
「隊長、命令の内容は何なんですか?」
「管理しているロストロギア、フェイクマザーによる対応だ。敵のコピーに対抗して、こっちもチンクたちをコピーしろと言ってきている」
「馬鹿なっ!」
「その通りだ。だが、一応、拒否権はある。条件付きだがな」
「条件って?」
「確実な勝利の確認だ」
「それで、提督が確認に?」
「そうだ。こちらの優位が確認されず、その上フェイクマザー使用の命令に従わない場合、遊撃部隊は新しい指揮官を迎え入れることになる」
 クロノはゆったりと座り直した。
「そういうことだ。話を続けよう。コピーなのはたちを倒す目算はあるのか?」
 エリオとジュニアは首を振った。
「長期戦になればわかりません。時間をかけてきちんと作ったクローンや元々タフな戦闘機人とは違い、生身のコピーは耐久力に難があるようです。しかし、それは向こうも先刻承知でしょう。そもそも、壊れたら別のコピーを出せばいいだけの話ですから」
「加えて、疑問があるんですよ」
 ジュニアがクロノの前に新しいデータを出した。
 
 先日の戦いでの大きな疑問が二つあった。
 一つは三人の力。確かに強かったが、実際はあの程度の力ではないと、エリオたちは知っている。六課時代の力があれば、あの戦いはもっと早く終わっていただろう。つまり、三人は明らかに本物よりもは弱いのだ。もっとも、それでも管理局魔道師の平均を軽く凌駕する力なのだが。
 二つ目はデバイスである。レイジングハートもバルディッシュも魔天の書も三人は持っていなかった。ただの(強化はされていたが)平凡なデバイスだった。ただし、はやてだけはシュベルトクロイツを持っていた。
 コピーのデータがなかった、という可能性もある。しかし、三人のデータは揃っているのにデバイスのデータだけがないというのは不自然である。
「三人のデータを集めたのが、現在の敵ではない、と仮定するならつじつまが合うんですよ」
 戦闘機人のデータは、スカリエッティが持っていたデータを見つけたとすれば説明がつく。おそらく、そのデータの中にフェイトのデータはあっただろう。プレシア・テスタロッサの使ったクローン技術はスカリエッティからもたらされたものなのだ。その程度の繋がりはあっておかしくない。
 バルディッシュは、フェイトが生まれてからリニスによって作られたもの。プレシアはほとんど関わっていない。だからスカリエッティのデータには記録されていないだろう。
 では、なのはとはやてはどうか。
「これは仮説ですけれど。かつてスカリエッティと繋がっていた管理局の一部がいましたよね。彼らがその頃にデータを送っていたとすれば?」
 そもそも夜天の書はロストロギア闇の書である。簡単にデータをバックアップできる者ではない。そして、レイジングハートは管理局から来たものではない。ユーノによってなのはに贈られたものなのだ。管理局側にはデータはない。
 バルディッシュもレイジングハートも、管理局に残っているのは元データではなく、ヴォルケンリッターと戦うために改造されたときの追加データだけである。
「キャロの話によれば、ストラーダとエリオ隊長はコピーされています」
 ストラーダとシュベルトクロイツは管理局から提供されたものだ。当然データは管理局にある。
「はやてさんは闇の書事件で拘留されたとき、そしてなのはさんは撃墜された入院時に検査を受けているはずです。そのときにデータを取られたとすればつじつまが合います」
「……俺のデータは、当然施設にあっただろうな。管理局が押収済みか……」
 エリオが呟いた。
「レジアス、並びに三提督の死亡とともに管理局の闇は一掃された。過去のそのような事例があったとしても、現在の管理局には何の関係もない」
 クロノは早口で言うと、一同を目で制する。
「というのが公式見解だ。僕の立場上、ここまでしか言えない」
 これ以上は聞くな、とクロノの視線が告げている。
「そこまで聞けば充分ですよ、提督」
 どちらにしろ、決定的に優位な情報などない。いや、あったとしても「客観性に欠ける」「信憑性に欠ける」と言われるのがオチだろう。そして、フェイクマザー使用など、あまつさえチンクたちのコピーなどエリオやジュニアが認めるわけもない。
「僕がいなければ、フェイクマザーは扱えませんよ。少なくとも、最初の一体のコピーまでに三週間は必要でしょう」
「サボタージュは勧められんが……。ところでさっきの情報、裏付けはあるのか? 不確かなものでもいい」
「確実なものはありませんんが、臭わす程度のものならいくらでも」
「データのコピーをくれ。その線で追求すれば、しばらくはこちらへの風当たりは弱くなる」
「すぐに」
「僕とはやてで連中の腹を探る。だが、確証がなければ所詮時間稼ぎだ。保ったところで一月は無理だぞ」
 その間に決着をつけられるのか、とクロノは聞いていた。
 もし決着がつかなければ、管理局の反対派閥が介入してくるだろう。そうなれば、戦いの帰趨がどうなるにせよ、エリオたちは使い捨てられる。
 クロノは立ち上がった。
「言うまでもないだろうが、今の僕やはやての局内での政治的力は、昔ほどもない」
 今のはやてやクロノの立ち位地はそういったものだった。より次元の高い立場に対応するために、あえてその位地を選んだのだ。
「わかってます」
 管理局内の反対派閥とやり合うのは、自分たちでなければならないという思いは、エリオにもある。だが、今回に限っては相手が悪すぎる。
 スカリエッティの遺産を得た敵なのだ。同じくスカリエッティの遺産である者ばかりの遊撃隊は、ただでさえ心証が悪いのだ。反対派閥にとっては願ってもない展開だろう。
「敵をたたく。それ以上の解決策はないでしょう?」
 確かに、と言ってクロノは笑った。
「これは何とか防いだとしても、別の形での嫌がらせはあると思ってくれ。下手をするとサボタージュもな」
「身内だけで固めているのが、ウチの強みですよ」
「その辺りは、僕らやはやてのやり方と一緒だな」
「しかし。正面で戦う部隊に背中から嫌がらせとはね」
「よくあることだ。かつてのアースラや六課に、嫌がらせがなかったとでも思っているのか?」
「……クロノさんやはやてさんの後を繋ぐのは、ティアナさんだと思ってたんですけどね」
「甘いな。ティアナはそうと知っていたからろ、さっさとフェイトの後釜になったんだ」
「次に会ったら文句の一つも言ってやりますよ。俺は、気軽な一騎士でいたかったのに」
「世の中は、こんなはずじゃなかったことだらけだよ」
「痛感してます」
 それでは、とクロノは立ち上がる。
「……聖王陛下に戦闘機人、そしてスカリエッティの息子」
 ヴィヴィオ、ディエチ、ジュニアを順番に見ながらクロノは大袈裟に肩をすくめた。
「当時、六課の名簿を見たときは、あんな混沌な名簿は空前絶後と思っていたものだけどな。あっさり越えてくれたよ、君らは」
「クローンと元レリックウェポンをお忘れですよ」
「まったく………なんて部隊だ」
 エリオはクロノの先に立ち、ドアを開く。
「最高の、自慢の部隊ですよ」
「部下の前ではあまり言わない方がいい」
「仲間です」
 ヴィヴィオとディエチにクロノの見送りを命じて、エリオは自分の席に戻った。
「さて、ジュニア。正直なところ、どう思う?」
「ノーヴェさんやディエチさんのデバイスの修理はまもなく終わります。あと、隠し球をいくつか準備できるかも知れません」
「頼む」
「それじゃあ、僕はラボに戻ります。ヴィヴィオはまだ僕の助手ですね?」
 ジュニアはエリオの返事にうなずくと部屋を出た。
 エリオは机に置かれたデータに目を通し始める。
 その後ルーテシアに話しかけられてようやく、エリオは自分がデータに見入っていたことに気付く。
「どうした? ルーテシア」
「……怖いの」
 ルーテシアは倒れるようにしてエリオにしなだれかかる。
「ルーテシア?」
 エリオがその身体を受け止めるより早く、ルーテシアはエリオの肩を抱いた。
「……怖いの……ガリューもいなくなる……ウェンディも……キャロもエリオもいなくなりそうで……」
「大丈夫だよ、ルーテシア」
 華奢な身体をしっかりと支え、エリオはルーテシアの顔を正面から見据えていた。
「ガリューもウェンディも元通りになる。キャロは俺が助ける。そして、俺は絶対にいなくならない」
「エリオ……」
 エリオは再び、ルーテシアの身体を支え直した。
「ルーテシア。君は俺の有能な副官で大事な親友で、キャロの親友だ」
「うん。それは、わかってる……ただ、怖いだけ……」
 ルーテシアは何も言わず、エリオの手を取る。エリオも何も言わず、その手を外す。
 一歩、エリオはルーテシアから離れた。軽く首を振り、困ったように笑う。
「さあ、部屋に戻るんだ。さもないと、フリードに囓られるぞ?」
「囓られたら、ガリューが目覚めて飛んでくるかも」
 エリオの手を借りず、押し出される前にルーテシアは部屋を出た。
 
 自分から部屋を出たのは、せめてもの意地だ。部屋から追い出されるように出るなど、そんなみっともない真似ができるはずもない。
 そしてルーテシアは、ドアを見た。まるで、その向こうにいるエリオの姿が見えているかのように。
 ……やっぱり、キャロじゃないと駄目なんだね。
 ……キャロは、私が助けるよ。
 メガーヌ経由でルーテシアへと届けられた手紙。そこにはキャロの身柄を返す条件が書かれていた。
 信じたわけではない。しかし、それが貴重な機会であることは間違いないのだ。そして、エリオに話せば止められるであろう事も間違いない。
 ……キャロには、今のエリオは救えない。今のエリオとキャロを救えるのは私だけ。
 ……キャロ……貴方にできないことが、今の私にはできるんだよ。
 奇妙な笑みが、ルーテシアの顔に浮かんでいた。
 優越感と敗北感、相反する二つの感情を混ぜ合わせたような複雑な笑みが。
 それは時折、高慢な仮面のようにも見えていた。
 ……私は、貴方とは違う。エリオのために、役に立ってみせる。キャロとは、違うの。
 
 
 
 
 
 
  次回予告
 
ローヴェン「我らが女王、貴方への捧げ物です」
ハーヴェスト「我らが女王のために」
ロ「馬鹿どもが守った馬鹿どもの世界」
ハ「あきれ果てた見捨てるべき世界」
ロ「殺戮すべき世界」
ハ「全ては、女王の意のままに」
キャロ「なんで……どうして……貴方が……」
ルーテシア「この世界は、貴方の物じゃない」
 
ル「次回、魔法少女リリカルなのはIrregularS 第七話『殺戮すべき世界』 私たちは進む。IRREGULARS ASSEMBLE!」
 
 
 
 
 

なかがき

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